陽性者と家族の日記 “さしみ”

手帳の申請は通らず…

さしみ

久々に役所から電話がありました。「障害者手帳の申請は通らなかった」との連絡でした。

ウイルス量、CD4ともに基準を満たしていないなかで、主治医にも丁寧に診断書を書いていただきましたが、基準と照らし合わせて判断されたようでした。きっとダメだろうなと思っていたので特に驚きはありません。

感染が分かってからも僕はこれまでと変わらない生活を送っています。今はそれ以上のことを願う時ではないのかも知れません。…と言い聞かせてはみるものの、治療がなかなか始まらないのはやっぱ不安だな。

お盆

さしみ

このお盆休みに台湾に行ってきます。台湾は好きな観光地の一つで、かつては連休の時は必ずと言っていいほど足を運んでいました。今回の台湾は薬なしで行く最後の海外旅行になりそうです。思う存分楽しんで来ます。

お盆は本来、祖先の霊を祭る行事のことを指しているので、遊んでばかりいないで少しはそれらしいことをするべきなんだろうなとふと思いました。これからは、自分まで命を繋いでくれた先祖だけでなく、HIVで亡くなった方々や医療の発展に尽力されて来られた方たちに想いを馳せる夏にしたいと思っています。

これまでと何も変わらない生活

さしみ

先日、役所に身体障害者手帳と更生医療の申請をしてきました。気がつけば通院を始めてから1年以上経っていましたが、服薬を開始するための第一歩をやっと踏み出すことができました。

通院当初、僕は「可能な限り早く服薬をはじめたい」と主治医に伝えていましたが、ウイルス量が少なく免疫の状態も普通の人と変わらない=身体障害者手帳を申請する基準を満たしていない状態でいられたため、3か月に一度の通院で経過観察を進めてきました。服薬しなくてもこれまでと何ら変わらない生活を送れたこの1年は、贅沢で貴重なものだったと今は感じています。

服薬が始まるまでの間は、社会福祉制度のことや服薬のことをもう一度勉強しながら、残された時間を有意義に過ごしていきたい。そして、服薬が始まっても、これまでと何も変わらない生活が送れますように。

ありたい未来を実現するための第一歩

さしみ

前回、「ありたい未来を実現できるかは、自分次第。」という日記で、カミングアウトについて気持ちを整理しました。2ヵ月近く経ってしまいましたが、先日、ありたい未来を実現するための第一歩を踏み出しました。

彼の自宅で夕飯を一緒に食べた後、「話したいことがある」と口火を切り、「実は、僕は、HIVに、感染している」と静かに伝えました。そして、「Living with HIV」の冊子を手渡しながら次のように続けました。

・これまでの“接触”のなかで感染の可能性が高い行為はないので不安がらないでほしい
・とはいっても感染の可能性はゼロではないので、検査を受けてほしい
・僕自身は1年以上通院し経過観察を続けていて、ウイルス量が少ないことや免疫が普通の人と変わらないことを確認している
・近々身体障害者手帳を申請し、今年中には治療を開始する予定
・やっと自分の中でHIVに感染していることが自分自身の一部分でしかないと思えるようになった。普通の人と変わらない生活を送りながら、普通の人と同じように人を好きになった。それがあなただった
・僕とセックスをしたくなければそれでもいい。他の人としたくなったらしてもいい。それでも僕は、あなたと未来を歩んでいきたい

彼は当初、相当動揺しているように見えましたが、最終的には「これからもよろしく」と言ってくれました。

自分の中では大きなことを成し遂げたような充実感が確かにありますが、これで終わったのではなく、本当の始まりはここからです。ずっと一人で向き合うつもりでいた自分の病気のことを分かち合える人ができたことは自分にとってはプラスですが、相手にとっては少なからず重荷になるかもしれない。相手に支えられながらも、自分自身も相手を支える存在でいられるよう、そして、彼のありたい未来を実現するために必要不可欠な存在でありたいと思いました。

ありたい未来を実現できるかは、自分次第。

さしみ

HIVに感染していることを相手に伝えることは、簡単なことではありません。

2017年2月1日。陽性という結果を伝えてくれた若い男性医師に感染のきっかけを問われ「男性との性的接触」と答えたことが、人生初の「カミングアウト」でした。正直に言って抵抗はありましたが、事実と異なる答えで支障がない質問は存在しないので、その瞬間は真実を伝えることに徹しました。

告知を受けた当日、その足で当時付き合っていた人のもとへ向かいました。「HIVに感染していることが分かった」と伝えるために。大事な人を守るために感染の事実を伝えることは当然だと思っていましたので、迷いはありませんでした。

数日後、今も通院している拠点病院へ紹介状を持っていきました。そこでも医師と看護師に感染のきっかけを「カミングアウト」しました。このときは自分でも驚くくらい何のためらいもなく自分のセクシュアリティについてスラスラ話せたことを覚えています。男性とセックスしてHIVに感染しましたが、皮肉にもそのHIVにゲイは恥ずべきことではないと気づかされました。

その後の通院で、家族の誰かに「カミングアウト」することを検討してほしいと主治医より伝えられました。ここでのカミングアウトとは、感染しているという事実に関してのみを指しています。数段ハードルが上がったカミングアウトにものすごく迷いましたが、今は「家族には言わない」と決めています。親や兄弟のことを思ってなのか、家族から否定されるのが怖いからなのかは自分でもわからないけど。

しばらくカミングアウトとは無縁の日々を送ってきましたが、最近、好意を抱く人がいて、その人にどう伝えようか悩んでいます。今後関係をより進展させたいなら伝えるべきだし、伝えられないなら終わらせよう。けど、伝えたところで関係がより進展するどころか終わるかもしれないな、などといろいろ考えてはみますが、「伝えられた相手はどう思うか」という視点がないことにはカミングアウトしてもうまくいくはずがありません。これまでカミングアウトしてきた相手は、僕が何を言おうとしているかある程度想像できる人たちです。僕が今度伝えたい相手は、まさか僕がHIVに感染しているなんて思ってもみないでしょう。

言わないで諦めるより、受け入れてもらえるように話して気持ちを伝えたほうがいいと思う――ある陽性の先輩から背中を押してもらえました。僕がいますべきことは、彼が僕から感染の事実を伝えられたときに、その現実を受け入れやすく伝える方法を考えたり受け入れやすい環境をつくることであって、伝えたことで予想されるマイナスの影響を嘆いていても前には進まないのです。もう悩むのはこれでおしまい。ありたい未来を実現できるかは、自分次第。

良いことないかな

さしみ

感染を疑い始めてからの数ヵ月間は、食い入るようにHIV関連の情報を集めていたことを今でも覚えています。ほとんどは自分にとって有益な情報ではありましたが、なかには情報がアップデートされておらず不安を煽られることも少なからずあったなと記憶しています。

情報収集するとき、だれもがその情報が正しいこと・現実的であることを求めると思います。前者をインターネット上のすべての情報に求めることは限界がありますが、「陽性者のリアルな声」を知るという観点ではネットも少なからず役に立つと考え、陽性者のブログもいくつか読んでいました。

ブログを読みながら、感染した方身体の快復や気持ちの(良い方向への)変化に触れ自分もきっと大丈夫だと思ったり、カミングアウトについて少し前向きになったりして、だいぶ勇気づけられました。一方で、更新が途切れているブログを見つけると、ライターさんの身に何かあったのではないか、入院しているのか、想像より状態は良くないのか、といったネガティブな想像を膨らませ不安を覚えていたこともあったことも思い出されます。

実際のところは、更新を停止したケースのほとんどは、きちんと治療を開始し、感染発覚直後の心身ともに沈んだ状態から感染前と変わらない日常を取り戻し、特に記事にするような真新しいトピックスが頻繁に発生する状況ではなくなったのだと思います。それに気づくまでに数ヵ月かかった自分は純粋なのか頭が足りないのかは分かりませんが…

そして僕自身、まだ治療開始前にも関わらずすっかり落ち着いてしまって、真新しいトピックスに出会うようなこともなくダラダラ過ごしているがゆえに、2回目が初回から1ヵ月弱あいたうえにカラッカラに乾いた内容の日記を更新させていただくこととなりました。あーなんか良いことないかな…

心の準備

さしみ

はじめまして。この度日記のライターをお引き受けいたしました「さしみ」と申します。どうぞよろしくお願いいたします。ネスト・プログラムに参加していることもありますので、「さしみ」と思われる人物を見かけましたら遠慮なくお声掛けください。(ネスト・プログラムでの名前は「さしみ」ではありません)

実は数日、香港に旅行に行っていました。中華圏は2月16日に旧正月を迎え、香港は新年を祝うお祭りムード一色でした。活気あふれる香港の街からパワーをもらいながらも、ふと思い出してしまうのはHIVのことでした。

2017年2 月、私は保健所の検査で感染が分かり、その数日後に拠点病院を受診しました。「早く服薬を始めたい」と思っていたものの、ウイルス量、CD4、その他の所見も障害者手帳を申請するための基準に達していなかったため、「しばらく様子を見る」方針となり、この2月でちょうど1年が経過しました。HIVに感染していること以外は特に異常はなく「普通に生活してよい」とのことだったので、旅行が好きな私にとっては特別な意味合いもなく、思いつきで香港旅行を計画していました。

そんななかで旅行直前の診察を迎え、これまでと同様に様子見で終わるだろうと思っていましたが、主治医からは「そろそろ薬を始めませんか」というまったく予想だにしていない提案を受け、しばし呆然としてしま いました。感染当初は障害認定の基準も知らずに「早く服薬を始めたい」と期待しすぎて、自分の身体の状況が良いことにすら苛立ちを覚えていましたが、いざ薬が始まるとなると動揺を隠しきれない自分に気づかされました。この1年間、そう長くは続かないにしても「モラトリアム」があることをありがたく思ってはいましたが、服薬に向けた心の準備をまったくしていなかったのです。

いつ始めるのが良いのだろうか。今の通院頻度は3か月に1回だけど、服薬当初は頻度は上がるだろうな。仕事が忙しい時期に通院が増えるのは避けたい。副作用はどのくらいでるのだろうか。薬を飲んでいることろを職場の人に見つかったらどうしよう――こうなる日が来ることは分かっていたけれど、いざ その時を迎えると容赦なく押し寄せる不安に押しつぶされそうになっている自分を感じました。

けれども、いまここに書いていることは贅沢な悩みなのかもしれません。身体の状態によっては服薬のタイミングを選べないこともあります。服薬のタイミングが近づいたとはいえ、私にはまだ数ヵ月猶予があり、その間に主治医やソーシャルワーカーさん、そしてぷれいす東京で先輩方に相談できます。それはとても心強いことです。カウントダウンは始まってしまいましたが、皆さんの助けを借りながら心の準備をしていきたいと思っています。そしていずれは、心の準備が必要な方たちを助けられるようになる日が来ることを願っています。