陽性者と家族の日記

季節外れの梅雨時から今に掛けて

スーパーに買い出しに行った。

梅雨の晴れ間に。

普段はパートナーが休みの時に、一緒に買い出しに行くことが多いのだけれども、最近は仕事が忙しく、休みの日を作る事が難しい時がある。

という事で、ちょこちょこ買いに行くことが多い。

雨上がりの晴れ間が覗くお店までの道がてら、自分の大好きな紫陽花の花を見ながら近くを散歩すると、それだけで気分転換になる。
雨が上がったあとに太陽の光が反射していて、辺りがキラキラしているような景色がなんともいえず綺麗だ。

こうした何気ない日常の一つ一つを過ごしていけるという事が、一番幸せな事なのかもしれないなぁと、最近は殊更にそう思う。

いつも時間というものは、自分をおいてきぼりにして勝手に先に行ってしまうんだけれど、それでも、この止まっているような心地良い空間に対して抱いた気持ちや想いを無下にしたくない。

それは振り返ってみると、頭に焼き付いた情景に対して想い考えた事が、今まで生きる上での糧になっていたような気がするからだ。

これまでもそうだったし、これからもおそらくはそうしていくんだろう。

気持ちや言葉に傷つけられたと思うのなら、尚更、それらを大事にしていきたい。

今までに起きた、委細全ての物事に対して、もう自分は見なかった、無かったという事にはしたくないからだ。
それは人を信頼するということ。逃げずに自らと対峙するということ。
それらと同義なのかもしれない。

人は嘘をつき、離れていくものだと思ってた。
心の底から信じた事がしばらく無かった。

でも、今は違う。

本心を、話し書く事が少しずつではあるけれど出来ている。

伝えたかったことは、伝えたい時に伝えないと、後にそれが出来なくなった時、そこに想いを馳せてみれば、とても辛い、悔いの残るような感情を抱くようになってしまう。

自分にはそんな人が何人いただろう。

「ありがとう」も「ごめんなさい」も、言う事が出来ずに音沙汰知れずになってしまった人がいっぱいいる。

もう、それで良しとするのは嫌だ。

たくさんの仮面を被り始めたのは、いつの頃からだったのだろう。
いつも心が収縮するような気持ちになる度に、それらは増えていったような気がする。

いつか。

自分にはこんな仮面なんて、無用の物だと思える日がくるのかな。
心の奥底にある本心なんて、誰にも話したことがなかった。

パートナーにさえ語ったことのない本当の自分。
いや、寧ろ彼だから話したくなかったのかもしれない。

話してしまったら離れていってしまうんじゃないかって、怖くて仕方がなかった。

今は、ぽつり。ぽつり。と、少しずつ話す事が出来て飲み込んで貰っている。
こんな事までしてくれるなんて、自分には勿体無いくらいだ。

この気持ちに胡座をかかず、生きていきたいな。

そう思うのは、どういう訳だか、最近出会う人達は、自分なんかに物凄い「気持ち」をくれるのだ。

そうされると嬉しいから、僕も自分なりに精一杯、それに応えて返す。

そうすると、いつの間にか本気なのかどうなのか、分からなくなってしまう様なときがある。
危険な兆候だと思う。
八方美人という言葉があるけれど、どの辺で止めれば良いものなのかが自分には良くわからない。

それでも、自分以外の人間と付き合えるものなら付き合ってみやがれと言う彼の言葉に大きなクッションを感じ、甘えてしまっている。

考えてみれば、この10年近く、結局彼の元にいつも戻ってきてしまっている。

いつも何を言うわけでもなく、ただ傍にいてくれて待っていてくれた。

付き合い始めの頃、他に複数の人と付き合いがあったという事がわかった時も。

そして、僕がHIVに感染してるとわかった時も。

うろたえて泣きじゃくる僕に、そうだったか。と、少ししゃがみこむようにして目を覗き込み、頭をずっと撫で続けてくれて、微笑んでいてくれていた。

自分だってそうなんじゃないかって不安だったろうに。

その後の検査で彼は陰性だったっていうのに。

女の人と同棲していたことがあって、別に結婚も出来ないわけじゃないだろうに。

自分なんか捨てて、とっとと結婚するなり、他の人間とでも付き合えば良いのに。

特に感染してた事が分かったときは、本気でそう思ってたし、言葉でも伝えた。

その方が幸せになれると思ったからだ。

でも、彼はそれを選ばなかった。傍にいたいって言ってくれた。
そしてその通りに、気付けばいつもずっと傍にいてくれていた。

だから。

大事にしなければならない。

核となる人間は誰なのか。今一度肝に命じなければならない。

彼の存在は殆どもう、自分の半身のような感じになってしまってはいるけれど。

もう一度、あの時の気持ちを噛み締めようか。
失ってからじゃ遅いから。また繰り返してはいけないから。

‥そんな風に思った。
季節外れの梅雨時から今に掛けて。

みのる

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