陽性者と家族の日記

診察拒否

まだ桜が咲かないなぁと、病院の大きな窓から見えるテラスに何本か植えてある桜の木を眺めながら、ぼうっと、つぼみを見ていた。

ここは歩いて少しのところにある病院。

いつもと違って皮膚の腫れ物を診て貰おうと、来てみた。
以前にも診てもらったことがあるので、大丈夫だと思っていた。

‥が。

すいません。~さんと名前を呼ばれてそちらへ行くと、看護士とおぼしき女性が立っていた。

はい、と頷いてそちらへ行くと。

‥申し訳ないんですけど、やはり今お掛かりの病院へ行っていただいた方がと、先生がおっしゃってまして‥。
え?
‥断られた?

あの、以前も一度診ていただいたんですけど。大丈夫だとおもうんですが。
と言えば、そうおっしゃられても‥。
と、答えが濁る。

仕方ない。

わかりました。じゃあお薬だけ戴けますか?
そういわれましても‥先生にもよるんですが‥。と、辛そうだ。

あの、大丈夫ですからお薬とかだけでもなんとかならないでしょうか。
と、笑顔で元気さを無理にアピールする。
そうしないと物凄い大病だと思われてしまう。
発症してる訳じゃないのに。

すると、もう一度訊いて参りますとの事。

僕は近場に緊急でも診てもらえるように、いくつかの病院でカルテを作って貰っている。
この病院もその一つの筈だった。

看護士が戻ってくる。
あの、先生が診ていただけるということなので、あと少しお待ちください。
と、話をつけてくれたみたいだ。

座って待っていれば。自分の番号だけが飛ばされていく。
思わず笑ってしまった。
小さい病院じゃない。これでも一応、医大の系列病院だ。

怖がるにも程がある。
前の時は診察の直前にそれを伝えたからだろうか。

仕方なかったからなんだろうか。

少し、寂しいような悲しいような気がした。
診察拒否は、初めてじゃない。

5、6年ほど前、腫れて熱を持った耳をなんとかしてもらいたかった時、地元で有名な名医だといわれる病院へと痛みでぼうっとする体で行ってみたことがある。

まだ、病気の事はなんとなく問診表に書けずにいた頃だ。

腫れた耳を見るなり、メスで切開して排膿しますと言われた。

切開すれば血が出る。‥伝えた方が良いんだろうか。
暫しの逡巡のあと、思い切って口にする。

あのう‥ですね。僕は血液感染症持ってるんで‥。
医師の手が止まる。
何の?と聞かれた。

肝炎の‥。
肝炎?

医師の目が険しくなる。
言いたくないけど言わなくちゃいけない。

あのぅ‥。HIV感染症ってわかりますか?
その瞬間、医師の目が見開いた。
驚いたような感じだった。
処置しているまわりに看護士の人達が集まってくる。

言わなければ良かったと後悔した。

医師は言った。
それは無理だ。
うちでは処置できない。
そう、はっきりいうと、彼はメスを起き、マスクを取った。

診てもらってるところがあるなら、そこに行きなさいと言われた。
診てもらっているところは遠くて、痛みが強くてキツかったんですと答えれば。

そう言われてもねぇ‥。
とにかくうちでは診れない。
と、にべもない。

途方に暮れてると、可哀想に思ったのか、看護士のおばさんが、医師を問い詰めるような感じになって。

嬉しかったけど、結局医師の言う通りになり、痛み止めと抗炎症剤をとりあえず出すからと。そのままかえされた。

受付で会計を済ませる時おばさんの看護士に、ごめんね‥と言われ。
良いんです。仕方ないですからと少し力なく笑う。
顔を上げて見てみれば受付越しに診察室がざわついてるのが分かる。

僕が言ったとき他に処置をして貰っていた患者さんもいたからだ。
看護士、医師総出で、何か話してる様子。
ガイドラインでは‥とか何かが聞こえる。

医師は、それでも嫌なようだった。

気持ちは分かる。
けど、医師なら。

‥でも、医者も人の子か‥。

名医とはなんだろう。
僕は笑ってしまった。
そんなことを思い出した。

あれから、僕は医者は自分で見つけるようにしている。
医師であれば皆がという考えは持たなくなった。

しかし思うのは。
もう、2009年になる。
十年一昔なんていうけれど。
どういう事だろうか。

離れているとはいえ、少なくともここは頭に東京と付くところだ。
それでさえこういう状況であるならば。
地方はもっと知識や認識というものに於いて困窮を極めるだろう。

物凄い一級の知識を持てとは言わない。
でも、少なくとも感染して治療を受けている人達が知っている程度の知識は、持っておいて欲しい。

それが駄目なら、せめてちゃんとした適切な装備で処置をすれば大丈夫だって事だけは。
医師でさえ、年齢を問わずあまりに無知な人が多い。

無知は罪であるという言葉があるけれど。
僕も自分の過去を照らし合わせて顧みると、納得する事しきりだ。
本当にその通りだと思う。
知らないが為にお互いで傷を付けあってしまうことは多い。

知らないということは怖いことだ。

顔馴染みの近くのお医者さんで、本当に風邪と同じように診てもらえたらどんなに楽だろう。
皆がそう思うように僕もまさにそう思う。

一方で、医師不足が言われてるなかで、増え続ける患者を一手に引き受けなければならない所もある。

どうしてこうバランスが悪いんだろうか。

経済大国が聞いて呆れる。無理に背伸びをし過ぎた弊害なのかもしれないが。

良いところもたくさんあるんだけどな‥。
それも僕は知っているだけに、十把一絡げにしては切れない。

久しぶりにこういう事があったので。
思い出してしまい書いてしまった。

総括して思うのは。

良く、なればいいな‥。
その言葉に尽きる。

みのる

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