陽性者と家族の日記

都電の風景

人々がせせこましく行きかう東京の街にも ”市街電車” が残っている。
いまや たった2路線となってしまったけれど…..

かつては”路面電車”とも呼ばれた。
自動車と電車が同じ道路の上を仲良く走っていたのは昔々のこと。
モータリゼーションはスピーディな輸送を可能にしたが 都会の道路から電車も追いやった。

それでも人々の暮らしに深く根づいた”市街電車”は 沿線の住民にとって重要な存在だ。

都電荒川線。
新宿区と荒川区を結ぶ12kmちょっとの運行区間は人々でごった返し、車内はほぼ満員 という状態が一日の大半を占める。
沿線にはいくつかの病院があり、通院する患者さんたちにとって貴重な足にもなっている。

車椅子での乗降は日常茶飯事だし、松葉杖をついた利用者も多い。
電車の到着に間に合わなかった人が停車場に近づいてくるのを察知すると 運転手は発車を止めて 彼らが乗り込んでくるのを待つ。他の乗客も 辛抱強く待つ。
“こっちは急いでいるのに なんでわざわざ止めるんだよ” なんて野暮な文句をつける人はいない。

一度、通勤電車でいつも自分がやっているような”おりまーす、降ろしてくださーい”という…人と人の間をかき分け 押しのけ….という行為をやってしまったことがあるが、瞬時に
「そんなに押さないで、あたしもここで降りるんですよ。あなただけじゃないんです」
とピシャッとはねつけられ 恥ずかしい思いをしたこともある。

乗客の半数が高齢者の都電荒川線では お年寄りが主役。
あるとき乗り込んできた老婦人は運転手に
「電車がバスに載っている駅があるんですけど、そこで乗り換えたいの。
あなた 場所をご存知かしら?」
と尋ねた。

電車がバスに載っている って どういうこと?
運転手は質問の意味が分からず、何度も聞き返した。
「本当よ、電車がバスに載っているの。そういう場所があるの」
と繰り返す婦人。
周囲の人々も このばあさん 大丈夫?….と言わんばかりのけげんな表情で傍観していた。

はたと思い当たった。
“電車がバスに載っている”、というのは 軌道の上をタイヤで走行する案内軌条式(新交通システム)の輸送機関、つまり「日暮里舎人ライナー」を指しているのでは?
(東京でいうと”ゆりかもめ”もそうですね)
僕が婦人に尋ねると、「そうよ!それそれ。その言葉が出てこなかったの。ありがとう」
という答えが返ってきた。
彼女は 日暮里舎人ライナーと都電荒川線が相互に乗り入れる「熊野前」で無事降りることができた。

最近、ちょっとだけ…..親の介護をするようになったのだが、似たような問題に出くわす。
本人は自分なりの言葉で一生懸命になにかを表現しようとしているのだが、こちらがしびれを切らし 言いかけた言葉をさえぎったり、”それは間違いだよ”とあっさり跳ね除けてしまうことが多くなっている気がする。

きちんと最後まで話しを聞いてあげる。せっかちにならず、ゆったりと 辛抱強く。
“てきぱきさん” だけがえらい わけじゃあないんだしね。

荒川線に乗るたび、いつも思いを新たにする私です

なぎさのペンギン

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