陽性者と家族の日記

現在は11人の性別、年代、セクシャリティ、住んでいる地域など、さまざまなHIV陽性者が日記をつづっています。HIV陽性者の何でもない日常や、ちょっとした生活のかけらに触れてみてください。
また、旧web NESTのあれこれリンク集「HIV陽性者のサイト」「陽性者のパートナー・家族・友だちのサイト」に掲載させていただいていたサイトはこちらでご覧いただけます。

明けない夜はない

鳥前 進

緊急事態宣言が発令された東京は静かな夜を迎えました。
明けない夜はない。
東京が、日本が、そして世界が、輝きを取り戻す時が訪れることを信じて。

ロックダウン中のロンドンより

ひろき

世界中を襲うコロナですが、イギリスは日本の三週間後か、別次元レベルの感染拡大が続いています。
その中でも私の住むロンドンは最悪レベルらしく、現在、ロックダウン二週目。
これぐらいになると、少しロックダウンの生活に慣れて、生活リズムができてきます。
とにかく元気にしていますし、1日に1回最低限度の外出はできているので、
生活に不便を感じることも、不安もありません。
中心部は人がいないですが、住宅地は逆に人が増えていて、
距離を保つためにスーパーの前には長蛇の列、というSF映画の世界とはちょっと違う風景です。

こういうときの診察や処方箋がどうなるのか、残念ながら、2か月ぐらい前に、
6か月分の処方箋をもらったので、調べる機会や医者と話す機会がありません。
個人的にはCD4の値やウィルスの数を基準にして、特段恐れすぎないようにしています。
陽性者の感染例が少ないので不明な点も多いですし、
不安というのはロジックじゃない、のもわかります。
陽性者でもあるイギリス人の友人は不安になって、ロンドンをでて両親の家に戻っていますので、人それぞれ、自分の感じ方を押し付けるわけにはいきません。

海外在住の日本人がよくtwitterでつぶやいているように、今までの日本の状況は奇跡的。
一人ひとりの手洗いやマスク(予防効果というよりは伝播防止という点で)の習慣が結果的に効いているのでしょうね。
みなさんには、専門家の話を参考にして、これまでの習慣に効果があると信じて、
これからも続けてほしいです(イギリス人に少しは見習ってほしいです)。

日本のみなさんがどうか無事でいられますように。

4月になりました

やっちゃん

みなさん、こんにちわ!

いかがお過ごしでしょうか?

もう4月になりましたね〜

4月でパートナーとの生活も3年がたち4年目に突入しました。

私の生活は、相変わらずの変わらない生活ですが、今年1月から、仕事日にお昼が施設食からお弁当に変わり、自分で作ってます。なので、料理をする機会が以前より増えました(笑)

そして、最近、野菜について独学で勉強しております。野菜の栄養についてや旬の時期など、知識として頭に入れておけば、日々の買い物や献立に役に立つかな?と思いまして、勉強してます^_^

ではでは、みなさん、お身体に気をつけてお過ごし下さいね。

では、また次回!

 

 

We are already blooming together

鳥前 進

We are already blooming together
咲き誇ろう、あなたも私も。ここで。

新型コロナウィルスの感染拡大は、たいへんです。

朱美

コロナウィルスの感染拡大の影響で、図書館から温泉施設までお休みです。

いつまでか、めども立っていません。

お風呂は、うちで、はいることにしました。

でも、本は、読めません。早く収束して欲しいですね。               朱美

Memories

IHO

東日本大震災が起きた日の事は鮮明に憶えています。
仕事がお休みだった僕は、アパートで洗濯をしていました。
その時も「あ、地震だな」と思う程度で直ぐ収まると思っていました。
でも、揺れは続き時折大きくアパートも揺れ、食器が落ちて本棚が傾き
これは尋常ではないと怖くなり外に出たら御近所さん皆さんも出ていて
「凄い(揺れ)ですね」「大丈夫ですか」と声を掛け合いました…。
あれから、丸9年が経とうとしています。(2020年/平成32年/令和2年 11:30現在)
毎年放送される特別番組を見ながら、
“その時”の映像に改めて恐怖を感じ言葉を失くします。
そして“今”の状況を見て、(そういう所を主に取材されているのかもしれませんが)
9年も経つのに、復興した!と印象を受けられず愕然とします。
でも、そんな事を言っている僕は、やっぱり傍観者でどこか他人事です。
正直、自分の事だけに精一杯で生きてきた9年間でした。

皆さんはどんな9年間を過ごされましたか。

IHO 拝
「3.11を忘れない」

「今」だから 思うこと

なぎさのペンギン

ごぶさたしています。

今年初の投稿になります。

 

2020年は スタート早々から 大きな困難に直面してしまいました。

コロナウィルス”COVID-19”。

わずか1か月で南極を除くすべての大陸で確認されるほど世界中で一気に拡散し、人々の間に大きな混乱が広がっています。

日本でも小中学校の一斉休校が首相から要請され、コンサートやスポーツの試合など さまざまなイベントが中止や延期になりました。

そろそろ桜が咲き始める時期ですが…今年は花見の宴会とはほど遠い気分の春になりそうです。

 

COVID-19が引き起こす様々な症状に対しては、現在のところ 治療の専用薬も予防のためのワクチンもありません。

どんなウィルスなのかということもよく分かっていないので 医療の現場は大混乱。

“昨日から熱が出て少し咳もある、安心のためにちゃんと検査してもらおう”と思う人がいても当然です。

けれど、いきなり病院に来ると院内感染のリスクも高まるため まずは様子を見て自宅で待機してもらうようお願いする…

この方針じたい…多くの日本人にとって すんなりと受け入れるのは難しいのではないかな?

体調が悪かったらすぐ病院で診てもらう、というのが”国民皆保険”に守られた日本人の常識でしたから。

 

なかなか検査が受けられないのも困りものですが、PCR検査で「陰性」と判断されても体の違和感が残ったまま…後になって再検査してみたら「陽性」に変わっていた…

という 従来の常識が通用しない”事件”がここでも起こり、それも人々の混乱に拍車をかけているようです。

多くの人にとって、検査と言えば”一発判定”のイメージが強いため、”正確じゃないって、いったいどうなってるの?”と 不安になるのはあたりまえかもしれません。

 

個人的には…今回のCOVID-19では ウィルスよりもむしろ 野放図な「言葉」や「数字」の氾濫の方がずっと怖い、という印象をもちます。

 

”致死率を見ると約〇%で、これは20年前のSARSほど高くはなく、季節性のインフルエンザよりちょっと高いくらいです。過度に心配することはありませんよ”

と報道されていたのは 1か月ちょっと前でした。

ところが、横浜のクルーズ船で風向きが急に変わり、感染した人の数が数十人、数百人…と日を追ってどんどん増え まさかの展開にみんながあっけにとられました。

確かに、致死率だけ見るとSARSより低そうだけど…感染している人数はSARSよりも圧倒的に多いです。

人々の間に広がりやすい…ってことは、ほとんど影響を受けない人たちが多い反面、より重症になる人たちの数も増えるはず、と考えることもできます。

日本は超高齢化社会で独り暮らしやお年寄りだけの世帯もたくさんあるけど…それでも、ホントに大丈夫って言い切れる?

 

重症化するのは高齢者や基礎疾患のある(一部の)人たち…って言ってよね…でも、20代、30代の患者も重症化したというニュースを聞いたよ。

え、話が違うの?

 

何が本当で何がデマなのか分からない…という不安から 一部の人々は過度な「正しさ」を追求し始めました。

マスクをつけずに咳やくしゃみをしている人を容赦せず非難したり、こんなご時世なのにイベントに出かけて感染するのは仕方ない、自己責任だ…という批判がネットなどを通じてあちこちで聞かれます。

 

重症化するのは高齢者や基礎疾患のある人(だけ)です…と言われたら、多くの若者は “なんだ、オレにはあんまり関係ない話だ”と判断するでしょう。自分たちの警戒レベルを弱めるのは当たり前です。ましてや、”インフルエンザと同じような症状”って言われていたし…

なのに…”若者が積極的に行動していることが高齢者への感染につながっている”という言い方をされたら、反発が起きないはずはありません。

多くの若い世代にとって、高齢者の日常生活はなじみが薄くリアリティをもってはいない…のが、残念ながら事実でしょうし。

 

医者は医者の言葉を使い、投資アナリストは経済の視点で作られた言葉を使う。

政治家や役人が使う言葉は非常に抽象的でわかりずらく、具体的じゃない。

ホントは…(同じ日本語でありながら)それぞれの言葉を通訳して取りまとめ、 “私たちの言葉”に置き換えてくれる存在がいてくれたらよかったのに…

ニュースを見るたび そんな愚にもつかないことを考えてしまいます。

誰に向けているのかわからないバラバラな言葉や数字が飛び交い、世代を超えた人々の考え方がかみ合わない、なんとも”チグハグ”な現象。

国際的イベントで国の存在感を世界に示すよりも…もっと先に考えなくちゃいけないことが 実はたくさんあるんじゃないか?つい、そう思えてしまって。

 

問題の責任は誰にある?と問う人たちもいますが、批判するだけなら簡単です。

COVID-19がどんなウィルスなのかほとんど分かっていないのが今の現状だとしたら…

何が「正しく」て何が「間違い」なのかを追求するのって… 個人という人間の日常生活のレベルにとっては あまり役に立たないかな?とも思います。

もっと具体的な…「生き残るための手段」を それぞれが自分の判断で選んでいかなくちゃいけないでしょうし しばらくはそういう状態が続くでしょう。

 

もちろん、サポートが必要な人たちに対しては スピーディで適切なケアを提供してほしいですし、そうであることを願います。

僕はHIV陽性者ですが、治療薬があるからこそ 毎日の生活を楽しむことができています。

人生の設計も「薬を飲むことでAIDSの発症を遅らせることができる」という土台なしでは組み立てられません。

これは 長い時間をかけて積み上げられた知識をもとに たくさんの人たちが僕たちをサポートしてくれているおかげです。

でも 残念ながら…COVID-19は 、現時点では解決策が見つかっていません。

 

何もしなくても健康な状態があたりまえなら体調管理なんてハナから考えないし、強制的に関心をもたせるのは 個人主義の傾向が強い現代では困難な気がします。

けれども…世の中は自分や自分たちと同じ(ような)人たちだけが暮らしているのではない…と気づく機会があれば 自分とは関係のない人たちの姿も目に留まるはず。

本当の”グローバル化”って…国際化よりも先に、まずは日本という同じ国の中にある”自分の知らない世界”とつながり それを意識することなんじゃないかな。

 

僕の友人に小学生のお子さんをもっている人がいるのですが、学校が閉鎖されたため 奥さんと手分けして家の中で子供たちの勉強を見ているそうです。

いろいろ大変だけど、子供との距離感が縮まってよかった と思える部分もあるよ…そう話していました。

 

ちょっとひねくれた表現になりますが…

”HIVやAIDSはある特定のグループの人たちがかかる病気で、自分たちには縁がない”

と考えている人たちにとっても、謎の多いCOVID-19は

”自分にも降りかかる可能性が高い、現在進行形でリアリティがもてる感染症”

として受け止められるのではないかと思います。

 

もちろん…

さらにその先にある、多様な 見知らぬ景色にも目が留まるきっかけになると もっといいな…

僕を含めた みんなにとって。

 

HIV陽性者にとっても、そうでない人にとっても 今年はいろいろな意味で試練の年となりそうです。

有効な治療薬が見つかり、ワクチンが開発されて少しでも早く事態が早く収束することを願いつつ…

なるべくいつもと同じ調子で 前を向いて進んで行きませんか。

とりあえず、ただのカゼもインフルも、そしてCOVID-19にもかからないように、

おたがい セルフケアを大切に!(^_-)

 

 

 

イギリス紳士は傘をささない?

ひろき

意外かもしれませんが、イギリスでは傘をささない人が多いです。
特に男性。新聞紙とか、コートをかぶって、足早に歩いて程度で、
日本のようなビニール傘をあまりみないですし、
ましてや、立派な大き目の傘をさしている男性は、ホテルのドアマンぐらいでしょうか。

ある本によると、傘はそもそもアジアの日傘が起源、とのこと。
イギリスに伝わったときは、上流階級のひとが自分でさすのではなく、
召使がさしていた、らしいのです。

ま、上流階級の人間なんて、ごく少数。
一番の原因は、雨が日本ほど激しく、長く降らない、だと思います。
イギリスでは日本と違ってどしゃぶりの雨は経験したことがないですし、
ちょっと我慢すれば雨は止むことが多いです。

私も今では、傘をさすのが面倒、少し我慢してみるか、
と雨に対する忍耐力がつきました。

「今ここで人生が終わっても何の後悔もない」

鳥前 進

先日、家でのんびり過ごしていた時に、こんなことを思いました。今ここで人生が終わっても何の後悔もないなと。僕には何としても守らなければならない人や、財産や、社会的地位なんてものは何一つない。けどそれは悲しいことではない。僕が生きていることが何かの前提になっていたら、寿命を全うするために毎日欠かさず薬を飲まなければならない僕にとってそれは耐えがたいプレッシャーだし、大切な人たちが重荷になる人生なんてむしろ嫌だから。

そういえば前にも同じことを思ったような気がします。それは確か、HIVに感染していることが発覚して間もないころ、「治療しなければいずれエイズを発症し死に至る」ことを受け入れ、感染前よりも身近になってしまった「死」について考えたときでした。治療しないという選択肢が自分にあったわけでないけど、万が一治療がうまくいかなかったり、何らかの事情で通院をやめざるをえないとき、その先に待ち受けるもの、つまり死ぬということを自分なりに理解したかったのでしょう。

2017年2月に感染がわかって3年が経って、なぜまた同じことを思ったのでしょうね。弟夫婦に第一子が出来たからでしょうか。きっかけはたぶんそうなんだけど、自分にはそういうものが何もないから不安に思わなくて良いということを再確認したのと、1歳年下の弟に比べて自分は結婚や子育てのような人生の重大な決断を何もしていないことが悔しくなってヤケになったというのは、死を意識したときとは明らかに違うことだけど。

次の日の晩に、親を誘って食事に出ました。弟夫婦の件で、親はさぞ喜んでいることでしょう。一方で、目の前に座っている長男はゲイで、HIVに感染していて、今ここで人生が終わっても何の後悔もないと思っている。そんなこと親が知ったら悲しむよ。悲しむどころじゃなくて取り乱すかもよ。いや、言わなきゃ弟と同じことを期待され続けて苦しいだけだよな。じゃあ言ってみる?“生きるのに精一杯”だと知ったらただ生きているだけでも感謝されるかもよ?

そんなことを自問自答しながらも、親と卒なく会話するし、目の前の料理を美味しくいただく自分もいるのです。これで良いんだと思いました。僕が生きる目標は美味しいものを食べること。大切なものを守る覚悟はあるのか、とか、意味ある人生を歩んでいるかとか、そんなこと考えたって分からないし。よる10時になれば薬を飲んでとりあえず生き永らえようとするし、あさが来れば仕事しに出かけるし、仕事すればちょっとは意味のあることをしたいと思うし、お給料が出たら美味しいものを食べる。そして、気が向いらたこうやってぷれいす東京の日記を更新する。何の後悔もない人生。良いじゃん、それで。

散歩とストレッチ

朱美

日、夕方に散歩に行っている。たった15分ぐらいだが、気分転換になる。

あとは、寝る前のストレッチだ。これも、15分程だが、ずいぶん身体が、柔らかくなった。

私の運動は、たいしたことでは、ないけど、今では、習慣になっている。

ずーと、続けようと、思っている。