陽性者と家族の日記 “なぎさのペンギン”

8月のサンシャイン

なぎさのペンギン

”いつもの夏と違うんだ…”

 

毎年 7月になると口ずさみ 神宮球場で聴いていた 自分には夏定番のこの曲…

今年は自宅でヴァーチャルプレイ中です。

スマホの画面をTV画面にミラーリング、サラウンドで楽しめるとは 便利な時代だよねー

…と思うけど、やっぱり3万人で一緒に楽しみたかったー

 

2020年も中盤にさしかかり、1年の半分が大騒動の中で終わってしまいましたが…

みなさんはいかがお過ごしですか?

おかげさまで 僕に大きな変化はありません。

にしても…長梅雨のあとに いきなりど真ん中の夏…

今年は冷夏だな ! って勝手に決めていたので 気持ちの切り替えが大変です。

 

・No more エアコン

僕は…エアコン… 苦手です(特に冷房)。

自律神経のはたらきが悪くなる…っていうのか…

エアコン→乾燥する→のどが渇く→冷水がぶ飲み→滝のような汗&おなかの不調…

という悪循環を繰り返していた時は すごくバテやすかったです。

なので、せめて自宅で過ごすときは できるかぎり扇風機のみ!を目指しています。

暑さへのセルフ対策は がまんできなくなったら 30℃くらいの水でシャワーを浴びるか(首筋が中心)

濡れタオルで体をクールダウン。そして扇風機、自然の風、せんぷうき~ w

冷たいものを飲んだり食べたあとは、なるべく温かいお茶。

繰り返すと なぜか汗がスッとひいてきます。

やりかたを間違えると熱中症になってしまうので…誰にでもおすすめできるわけでは ありませんが…

冷房に頼りがちで、やたら汗をかく方…逆に体を温める工夫をしてみては(徐々に様子を見ながら)

 

・マスクのある日常

6月にいちどオフィスへ戻り→感染の拡がりが勢いを増し返す→7月からリモートと通勤の生活が半々 です。

仕事場では 会議中もデスクワークをするときもずっとマスク着用。

それでも 水着素材の夏用の製品を手に入れることができたので(感謝)こまめに洗って使っています。

「もし世の中が落ち着いて 安心して暮らせる世の中になったとしても…数年の間は マスク生活を続けなくちゃいけなくなると思うよ…仕事でもプライベートでも…」

上司から言われ…最初は?だったけど …マジ そうかも…という気持ちが強くなってきている今日このごろです。

ある大手の外食チェーンが、”食事用に簡単に作れるマスク”を開発しましたが…興味ある~。

通っているスポーツクラブでも、受付で…額にピッとかざす 非接触式の体温計でチェックしてもらうのがあたりまえの風景になりました。

 

・ウェイクアップ・コール

在宅時間のだらけを防ぐべく 100均でキッチンタイマーをいくつか買い それぞれの部屋で活躍させることにしました。

目標は いろんな行動をとりあえず1~2分単位で区切って 時間内に終了させるようメリハリをつけること。

スマホをいじる時間、自炊する時間、掃除や洗濯の時間、仕事の時間、ダンベルの上げ下げ時間…

途切れがちな緊張感を維持するのに それなりの効果はありますね。

自分へのいいわけ…めんどいことやりたくねー、だりい、カラダいてえ、ねみー…

などにお悩みで、心にカツを入れてぶったたき起こしてくれる 強制的な “めざまし” を試したい方には ぜひ おすすめ!

もちろん、何から何まで管理となれば しんどいですけど(^^;

 

・プール

多くの屋外プールが休業中で 水泳が好きな自分にとって 今年はすごく残念です。

聞くところによれば、感染対策のためだけ でなく…受付やライフガードを担う学生が(学校のスケジュールの関係で)確保できなくなっている影響もあるのだそう。

僕らの生活って、ほんと…無意識のうちに 誰かの生活とつながり 影響しあっているんですね…

 

しかし…この間、入場の人数制限をした上で営業している屋外プールを見つけ 自分なりの対策の上で 泳ぎに行きました _(・o・ )へ 。゜:

屋外プールは塩素の匂いがこもらない、なんといっても そこが最大の魅力。

プールの底は青、顔を上げると水の上も青空…しぶきに反射してキラキラ飛び散る光 ! 気分は小学生 w

今年は 海水浴はもちろん…GoToなんちゃらのキャンペーンでどこかに出かける…って気持ちにはなれないし、静かに過ごす時間が増えそう。

せめて泳ぐ時くらい 夏の気分にひたりたい と思います。

 

大雨、猛暑…この夏も不順な天候が続き、おまけに…先の読めない不安定な毎日…気分も上に下にと動きがち…

改めて思います…

人間って…本当に限られた条件でしか生きられない…か弱い存在だなー って。

 

でも

未来になって今年を振り返ったときに…”しけた記憶” のままで終わらせたくはないな。

晴れの日も くもりの日も 雨の日もひっくるめて の日常なのだから…

 

いつもの夏とは違うかも知れないけど…たったいちどの 2020年の夏なんで !(^^)!

 

 

動画は2年前 地震からの復旧後に訪れた熊本県の菊池渓谷(自家製ムービー)と

今年は開催できなかった新潟県・長岡市の花火大会。

過ぎゆく夏と いつか訪れることが待ち遠しい これからの夏へ向けて☆

 

 

今だから 思うこと ~2020 Summer

なぎさのペンギン

 

前回の日記から5か月。

…いろいろと ややこしい世の中が続いていますね。

 

最近 個人的に僕が気になっているテーマが いくつかあって…

今回は それらについて書いてみようと思います。

 

1つめは「常識」。

 

今回のパンデミックで改めて感じたのは…

治療のおかげで 毎日、安心して生活ができているのはすごくありがたいことだけど…

そのことに甘えきり、慣れきってしまうのも いけないな…これからは…

今回のような”危機”に立ち向かえず 思考停止になっちゃうかもな…という自己反省でした。

 

理由は…ウィルスそのものが つねに人間の常識通りに動いてくれるわけではないから です。

 

突然ですが…

”集団免疫” という言葉を聞いたことがあると思います。

「ある集団の中で、そのウィルスに免疫をもつ人が一定の割合に達すると、感染の拡大にブレーキがかかり 終息に向かうこと」。

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)のニュースでよく取り上げられており、僕自身 よく耳にします。

ただ、これを

「ウィルスに感染すれば体の中に抗体ができ、抗体は免疫として 外からの敵をやっつけてくれるんだ」

「うん、免疫のはたらきでしょ。たしか 同じ病原体に2回は感染しないんだよね」

と… 単純化して理解している人が 多いような気がして… 少し気がかりで。

 

HIVでは

「たとえ抗体が作られても、それが体を守ってはくれない(毒を中和して無毒化する作用が弱い)」

ため ワクチンの開発が難航し、数十年たった今も いまだに完成できていません。

(僕らが毎日、抗ウィルス薬を飲み続けないといけない理由は これですね)

現段階の研究だと、SARS-Cov-2(新型コロナウィルス)の抗体は 一定の時間がたてば消えてしまう可能性が高い、という見方をする専門家が多くなっています。

なので SARS-Cov-2のワクチンの開発も ほんらいは時間をかけ じっくり研究していく必要があります。

 

ウィルスはそれぞれに性質が異なり、”このウィルスがこうだったから 類似しているこちらでも同様の結果になるだろう”と シンプルにあてはめることができない という難しさがあるのだそうです。

つねに、人間の想定外の方向へ向かっていく…というのか…

 

2003年に流行したSARSの場合、毒性が非常に強力でした。

感染した人たちはすぐに重症化し ほとんど動き回ることもできず 不幸にもそのまま亡くなってしまう、という結果になりました。

だからこそ”封じ込め” ができて、強毒のわりに死者数も少なく抑えられた。

“クラスター対策”という考え方が確立され 予防にきわめて有効と考えられました。

でも…これでは ウィルスじたいにとっては無駄死にで 仲間を増やして 外へ広がっていくことができません…

そこで毒性を変化させ…多くの人に 多くのウィルスがとりついて 生き残れるように ”進化” したのが 今回のSARS-Cov-2という… われわれにとって 想定外の存在です。

 

安心は 自分の常識の上になりたっています。

でも 常識がいつまでも常識であり続けることができるかどうか…なんの保証もない…

 

ということも 頭のどこかに…チラリとは…しのばせておかなくちゃ いけないな。

もし、SARS-Cov-2の状態が落ち着いても…それ以外の 新たなパンデミックが起きる可能性だって 否定はできないので。

 

僕の中では…治療によって健康に対するある程度のコントロールができるHIVと…まだまだ正体の分からないSARS-Cov-2は 完全に別モノ。

全く別の”脅威”と考え ”想定外”も”想定内”のうち、と心しながら 生活していきたいですね。

 

とりあえず できるのは…今のHIVの治療を怠らずに 続けること。油断しないこと。

でも…緊張しっぱなしだと 絶対 途中で息切れしそうだね…(^^;

安全そうな気分転換の方法をさがしながら ね~ W

 

2つめは…「コミュニティ」。

 

今年の7月、オンラインで COVID-19 についての国際会議が開催され、僕はネットで視聴しました。 

「集団の中にCOVID-19のメッセージを広める方法として かつて作られたHIV/AIDSのコミュニティのやり方が 大いに参考例になるだろう」

というのが 多くの専門家の方々の意見でしたが…僕は正直?と感じました。

 

人種や民族が多様なヨーロッパやアメリカのような国々では 日本と違い 人々はもともと地理的に”散らばって”暮らしてきました。

離れていれば自然と… 文化も習慣も 人々の生き方もそれぞれ変わってくるので…政府かひとつにまとめるよりは効果的かな…たしかに納得できそう、とは思います。

でも、日本で”コミュニティ”と言われても…みんなあんまりピンとこないんじゃないか…って。

「国」とか「県」とか「市」とか…そういう公共のしっかりとした母体が対策を行ってくれれば そっちの方に安心感をもつ人が多いでしょうから。

 

いや、待て …と 気がつきました。

 

法律で規制したり、警察が入って取り締まる考え方は 権力をもつ側の解釈によって変わるので”暴走”が起きやすいんですよね。

アメリカでも 現在進行形でそれが起きている…”BLACK LIVES MATTER”が良い例でしょうか…

 

「家にいろ、と言ってるのに 好き勝手に出かけて遊び回る、コイツらは手に負えん ! 力で無理やり閉じ込めろ」

という考え方に…そうだそうだ、と大勢が同調していく流れができはじめている としたら…

 

自由が失われるのは怖いですし、確かに強制的になにかを押しつけられるより お互いの間で約束を守るほうが人間らしいやり方だな、と  僕も思います。

会議の専門家たちの”コミュニティ”発言のウラには…人々による”自治”という考え方を 重要なものとして扱いなさい、という思いも込められていたような気がします。

 

どんなに政府に指導力があっても、保健のシステムが強固であっても…主役はあくまで「ヒト」。

人間がどう考え、互いに協力して 危機から身をかわすことができるかどうか…です。

 

HIV/AIDSが世界に広がった80年代、90年代…

他人に無関心でいるうちに 自分の社会の中でどんどんと広がり、気がついたら周囲の人たちがバタバタと病に倒れていった…という光景が あちこちで繰り広げられました。

そこで 過去の反省をふまえ アメリカを始め 世界のあちこちでコミュニティが作られ、組織やリーダーが生み出されていきました。

HIVに比べ SARS-Cov-2は感染のスピードが格段に速い、という大きな違いはあるとしても…

人から人へウィルスが伝わっていくという事実には 変わりはありません。

 

そして40年。

当時 まだ生まれておらず HIV/AIDSを知らない若い世代が 今や社会を支える中核へ成長しました。

…今回のパンデミックは その最中で起きた、ということですよね。

 

最近 ハッとさせられたのが アナウンサーの赤江珠緒さん(僕は彼女の番組のリスナーです)。

自ら感染した体験を基にお話をされていましたが、話の中味が現実的 かつ率直で 分かりやすかったです。

夫婦そろって感染してしまったら 誰が子育てをするのか、誰がごはんを作るのか、未知の病気にかかったという不安の中で、誰にグチを聞いてもらったらいいのか…

すぐ身近で起きそうでいて… いざ わが身に置きかえた “自分ごと”としてあてはめることのできる人って なかなかいないのでは?

 

彼女が担当しているラジオ番組のリスナーは 同世代の男女で 子育ての経験済み、もしくは経験中の人たちが多めだと思います。

そう…同じラジオ番組のリスナー同士って… 似たような価値観…”共感”で結ばれたコミュニティのメンバー…なんですよね。

ポイントは「同じ仲間、だからこそ守りたいと思える」存在かどうか…ということでしょう。

 

COVID-19でも いろんな人々に向けられる理不尽なバッシングが続き つらい気持ちになります。

一児の親である赤江さんにとって勇気のいる決断だったはずですが メディアに出る側の人として すごく重要なことをなし遂げてくれたことは ファンとしてもすごくうれしいな。

彼女のように やわらかいメッセージを “一般ピープルの目線”で 伝えてくれる人が増え…

それぞれのコミュニティで それぞれの意識が少しでもシンクロしてくれたら…そう 願わずにいられません。

 

そして…3つめは「Survive、生き残ること」

 

予想どおりに、というか…予想していた以上の長期戦が 避けられない見込みになってきました。

だからこそ…”目に見えない相手”を前に ムダな感情や体力は消耗したくない。それが 僕の本音です。

人間の感情は簡単に動かされやすく 最大の利点にして欠点である という出発点に立ち返って じっくり かみしめて。

 

生き残るための その手前で 自滅しない。

 

It’s times like these you learn to live again.

(こんな時代だから 自分の生き方をもういちど学ばなきゃ)

 

「今」だから 思うこと

なぎさのペンギン

ごぶさたしています。

今年初の投稿になります。

 

2020年は スタート早々から 大きな困難に直面してしまいました。

コロナウィルス”COVID-19”。

わずか1か月で南極を除くすべての大陸で確認されるほど世界中で一気に拡散し、人々の間に大きな混乱が広がっています。

日本でも小中学校の一斉休校が首相から要請され、コンサートやスポーツの試合など さまざまなイベントが中止や延期になりました。

そろそろ桜が咲き始める時期ですが…今年は花見の宴会とはほど遠い気分の春になりそうです。

 

COVID-19が引き起こす様々な症状に対しては、現在のところ 治療の専用薬も予防のためのワクチンもありません。

どんなウィルスなのかということもよく分かっていないので 医療の現場は大混乱。

“昨日から熱が出て少し咳もある、安心のためにちゃんと検査してもらおう”と思う人がいても当然です。

けれど、いきなり病院に来ると院内感染のリスクも高まるため まずは様子を見て自宅で待機してもらうようお願いする…

この方針じたい…多くの日本人にとって すんなりと受け入れるのは難しいのではないかな?

体調が悪かったらすぐ病院で診てもらう、というのが”国民皆保険”に守られた日本人の常識でしたから。

 

なかなか検査が受けられないのも困りものですが、PCR検査で「陰性」と判断されても体の違和感が残ったまま…後になって再検査してみたら「陽性」に変わっていた…

という 従来の常識が通用しない”事件”がここでも起こり、それも人々の混乱に拍車をかけているようです。

多くの人にとって、検査と言えば”一発判定”のイメージが強いため、”正確じゃないって、いったいどうなってるの?”と 不安になるのはあたりまえかもしれません。

 

個人的には…今回のCOVID-19では ウィルスよりもむしろ 野放図な「言葉」や「数字」の氾濫の方がずっと怖い、という印象をもちます。

 

”致死率を見ると約〇%で、これは20年前のSARSほど高くはなく、季節性のインフルエンザよりちょっと高いくらいです。過度に心配することはありませんよ”

と報道されていたのは 1か月ちょっと前でした。

ところが、横浜のクルーズ船で風向きが急に変わり、感染した人の数が数十人、数百人…と日を追ってどんどん増え まさかの展開にみんながあっけにとられました。

確かに、致死率だけ見るとSARSより低そうだけど…感染している人数はSARSよりも圧倒的に多いです。

人々の間に広がりやすい…ってことは、ほとんど影響を受けない人たちが多い反面、より重症になる人たちの数も増えるはず、と考えることもできます。

日本は超高齢化社会で独り暮らしやお年寄りだけの世帯もたくさんあるけど…それでも、ホントに大丈夫って言い切れる?

 

重症化するのは高齢者や基礎疾患のある(一部の)人たち…って言ってよね…でも、20代、30代の患者も重症化したというニュースを聞いたよ。

え、話が違うの?

 

何が本当で何がデマなのか分からない…という不安から 一部の人々は過度な「正しさ」を追求し始めました。

マスクをつけずに咳やくしゃみをしている人を容赦せず非難したり、こんなご時世なのにイベントに出かけて感染するのは仕方ない、自己責任だ…という批判がネットなどを通じてあちこちで聞かれます。

 

重症化するのは高齢者や基礎疾患のある人(だけ)です…と言われたら、多くの若者は “なんだ、オレにはあんまり関係ない話だ”と判断するでしょう。自分たちの警戒レベルを弱めるのは当たり前です。ましてや、”インフルエンザと同じような症状”って言われていたし…

なのに…”若者が積極的に行動していることが高齢者への感染につながっている”という言い方をされたら、反発が起きないはずはありません。

多くの若い世代にとって、高齢者の日常生活はなじみが薄くリアリティをもってはいない…のが、残念ながら事実でしょうし。

 

医者は医者の言葉を使い、投資アナリストは経済の視点で作られた言葉を使う。

政治家や役人が使う言葉は非常に抽象的でわかりずらく、具体的じゃない。

ホントは…(同じ日本語でありながら)それぞれの言葉を通訳して取りまとめ、 “私たちの言葉”に置き換えてくれる存在がいてくれたらよかったのに…

ニュースを見るたび そんな愚にもつかないことを考えてしまいます。

誰に向けているのかわからないバラバラな言葉や数字が飛び交い、世代を超えた人々の考え方がかみ合わない、なんとも”チグハグ”な現象。

国際的イベントで国の存在感を世界に示すよりも…もっと先に考えなくちゃいけないことが 実はたくさんあるんじゃないか?つい、そう思えてしまって。

 

問題の責任は誰にある?と問う人たちもいますが、批判するだけなら簡単です。

COVID-19がどんなウィルスなのかほとんど分かっていないのが今の現状だとしたら…

何が「正しく」て何が「間違い」なのかを追求するのって… 個人という人間の日常生活のレベルにとっては あまり役に立たないかな?とも思います。

もっと具体的な…「生き残るための手段」を それぞれが自分の判断で選んでいかなくちゃいけないでしょうし しばらくはそういう状態が続くでしょう。

 

もちろん、サポートが必要な人たちに対しては スピーディで適切なケアを提供してほしいですし、そうであることを願います。

僕はHIV陽性者ですが、治療薬があるからこそ 毎日の生活を楽しむことができています。

人生の設計も「薬を飲むことでAIDSの発症を遅らせることができる」という土台なしでは組み立てられません。

これは 長い時間をかけて積み上げられた知識をもとに たくさんの人たちが僕たちをサポートしてくれているおかげです。

でも 残念ながら…COVID-19は 、現時点では解決策が見つかっていません。

 

何もしなくても健康な状態があたりまえなら体調管理なんてハナから考えないし、強制的に関心をもたせるのは 個人主義の傾向が強い現代では困難な気がします。

けれども…世の中は自分や自分たちと同じ(ような)人たちだけが暮らしているのではない…と気づく機会があれば 自分とは関係のない人たちの姿も目に留まるはず。

本当の”グローバル化”って…国際化よりも先に、まずは日本という同じ国の中にある”自分の知らない世界”とつながり それを意識することなんじゃないかな。

 

僕の友人に小学生のお子さんをもっている人がいるのですが、学校が閉鎖されたため 奥さんと手分けして家の中で子供たちの勉強を見ているそうです。

いろいろ大変だけど、子供との距離感が縮まってよかった と思える部分もあるよ…そう話していました。

 

ちょっとひねくれた表現になりますが…

”HIVやAIDSはある特定のグループの人たちがかかる病気で、自分たちには縁がない”

と考えている人たちにとっても、謎の多いCOVID-19は

”自分にも降りかかる可能性が高い、現在進行形でリアリティがもてる感染症”

として受け止められるのではないかと思います。

 

もちろん…

さらにその先にある、多様な 見知らぬ景色にも目が留まるきっかけになると もっといいな…

僕を含めた みんなにとって。

 

HIV陽性者にとっても、そうでない人にとっても 今年はいろいろな意味で試練の年となりそうです。

有効な治療薬が見つかり、ワクチンが開発されて少しでも早く事態が早く収束することを願いつつ…

なるべくいつもと同じ調子で 前を向いて進んで行きませんか。

とりあえず、ただのカゼもインフルも、そしてCOVID-19にもかからないように、

おたがい セルフケアを大切に!(^_-)

 

 

 

The Snowman

なぎさのペンギン

気がつくと 今年も残すところ あと10日足らず。

暖かい日と寒い日の気温の変化が大きい冬になっているような気がしますが、

みなさんは元気でお過ごしですか?(^^)/

 

僕的には あっ という間の短い一年間でした。

やらなきゃいけないことが多くて、なにかに思い悩む時間すら惜しくて

ほんと がむしゃらに駆け抜けた…っていう印象が強いですねー。

 

うれしかったのは、たくさんの新しい友人たちに出会えたこと。

パートナーを亡くして1年とちょっと…

悲しみはぬぐい切れないし それは今後も不可能だと思うけど、

健康状態を崩さず、必要以上に薬に頼ることなく 食事と運動で

自分の生活をコントロールできているのは まちがいなく

”今、話したい誰ががいる”から ですね(^_-)

 

僕は徹底したリアリストで(^-^; 科学的に確認できないものは

簡単に信じないのだけれど、そんな僕でも 目には見えない

“心のつながり”や 遠く離れた誰かに思いを馳せることが 

自分にとってかけがえのない幸福をもたらしてくれる…

そのことは絶対的に信じています。

 

ずっと前のこのブログに書いたことがあったかな…

僕は 来るべき時代は 自分たちよりも新しい

(今後 新しく生まれてくる あるいは 現在 成長している子供たち)

世代のためにあると思っています。

(もちろん)言うまでもなく、自分や自分たちのことが一番大事。

それはね、世の中に生きてる誰もが絶対みんなそう思ってると思う(^-^;

 

でも 希望って…

内側じゃなく… 外側にあるからこそ気づくんじゃないか とも思うのです。

外側で輝いてるから その美しさにハッと目を奪われて…

あれいいな、あっちの方向に行ってみたい、少しでも近づけるよう

自分もがんばるぞ!っていう気になるんじゃないかな。

だから ”違う”ことって大事。

違う容姿の人、違う性別の人、違う性格や考え方をもっている人、

違う言葉を話す人、違う年代の人…

違いがあるから 世の中はどんどん豊かになっていくのでしょう。

 

いっぽうで…その”違い”が”どんどん豊かになる”ことによって

誰かに心を傷つけられてしまうことも…特にネット社会が

どんどん加速している現代では…増えているのも事実です。

 

僕が小学生だったころは インターネットはおろか携帯電話、

現在の形のパソコンさえなかったから 直接相手と会って話をする

コミニュケーションが当たり前でした。

 

僕はおとなしい(人前に出るとすっごくキンチョーする(>_<)

子供だったから、自分の表現の仕方がよく分からなくて

ちょっと殻に閉じこもりがちな小学校、中学校生活を送ってきました。

同級生の友だちや学校の先生たちからの何げない言葉に傷ついたり、

ショックを受けたりしたこともたびたびあった。

そのたび 親や周囲の大人の人たちが いっしょうけんめい

僕を守ってくれた。それは本当にありがたいことでした。

その人たちのおかげで、今の自分が 今日ここにいる。

 

深く感謝しながらも…僕は 今 思います。

彼らのほかにもうひとり…別の大人がいて、

こう言ってほしかった。

「気持ちはわかるよ。”つらい”ってイヤだよね。

でも ”つらさ”って死ぬまで消えることがないんだよ。

“つらさ”と友だちになる方法も 知っておいた方がいい」

 

筋トレって…もちろん 筋肉を鍛えるトレーニングなんだけど…

鍛えることと傷つけることって、実は正確な差が定義できないんですよね。

筋繊維を太くするためには、ダメージを与えるしかない。

それって 自分にとって 本来は不必要な動きだから、

自分から進んで筋肉を傷つけている行為 とも言えます。

また、耐えられる負荷の個人差も考えなくちゃいけない。

ある人にとってはダメージにならなくても、別の人にとっては

ものすごく大きなダメージを負うこともしばしば起きます。

だからこそ トレーニングの仕方を学ぶことは大事だし、

リカバリ(休息)の取り方も大事だし、栄養補給も重要になってくる。

 

若い時は動けるのでいつも筋肉を使ってるから気にならないけど

高齢になったら 若い時と同じようにはいかないんですよ。

でも 高齢になってから気がつくよりもっと前にそのことを知っていたら

結果的に…自分に跳ね返ってくるダメージって 少なくて済むのでは?

 

ごくごく幼いときから、心に”微細な傷”をつけて 地道に繰り返して

大きくなってからさまざまなものごとや 周囲からの圧力に対して

耐えられる心の筋肉をトレーニングしておくことって 絶対に大事!

って この年になって しみじみ感じます。

 

これからの時代を生きていく子供たち、若者たちには ぜひ

誰かから傷つけられることばかり恐れるのではなく、

苦しさや悲しさに耐える能力も 身につけてほしいって願いますね。

いきなりでは絶対無理だから 小さい時から コツコツ 少しづつ…

それでこそ “多様化”という抽象的な言葉が現実世界に本当に根づいて

世界がどんどん豊かになっていくと思うんです。

 

あと数日でMerry Christmas、そしてHappy New Year。

新しい年には東京でオリンピックも開かれます!(^^)

 

僕も 新しいものに対してより”どん欲”に コミットしていきたいな~。

 

 

↓30分近くあり長いのですが 冒頭のナレーション以外は

セリフがないので よろしかったら ぜひ!

 

素晴らしい年末年始を迎えてください。よいお年を~ ^^) ~~

来年もよろしくお願いいたします。

 

角を曲がる

なぎさのペンギン

ごぶさたです。

前回の更新が2019年の4月9日なので 約半年ぶり…ちょっと間を開け過ぎ?

 

僕がこの”日記”のブログに初めて参加させていただいたのは、2007年の夏(たぶん)。ずいぶん前です。

始めのころはけっこうマメにアップしていたんですね…

 

今回の日記を書く前に 改めて自分の過去の投稿をいくつか見直してみました。

“病気になってもこーんなに元気、ホラ 見て見て~”みたいなアピールいっぱいで われながらめっちゃ恥ずかしい(当時 すでにいい年したおっさんだったのに ! (^^; )

「大丈夫、自分がしっかりしていれば 今までと何も変わらないよ」…というメッセージを…自分以外の誰か…他の陽性者も含め…に発して、励ましたかったんだろうな。

もっと言えば…誰よりも自分自身にそう言い聞かせたかったのだと思います。

 

時間が経つにつれ  最初は非日常だと思った”HIVとのつきあい”が日常となり、薬を飲んだり通院するのがルーティンになってくると 欲が出てきますね。

”無理しなくていいんだよ、自分のペースで行こうよ”…そう優しい言葉をかけてくれるのはうれしいけれど…

でも 多少の無理をしなきゃ成長できない、自分が望む方向へは進めないっていうのも事実ですから。

 

自分はこんなもんじゃない、この場所にだけ踏みとどまっていられない…みたいな気負いも強かったんだろうな。

 

(幸いなことに)自分の場合はこの十数年の治療の継続で健康状態に大きな変化もなく、それなりに体力も温存できていることもあり…

自分がHIV陽性者であるという現実を忘れそうになることが よくあります。

(”忘れたい”…という 認知的不協和状態の影響もあるでしょう)

 

でも…世の中に変わらないものなんて 結局 なにひとつありません。

 

僕の場合、はっきりと大きく変わったのは…自分を取り巻く環境の変化でした。

 

2007年のころは、とりあえず自分の病気のことだけ考えてりゃいいや…って思っていて…それ以上のことを考える余裕や先を見る洞察力はありませんでした。

毎日がいつまでも同じなら この先の未来は約束されてる、万事オッケーだと単純に考えていて 未熟だった。

 

さまざまな事情で家族との距離が遠さかり、最愛の人も亡くなり…

おのずと考えます。

 

ひとりで自由気まま ありのまま 思うがままに生きるだけが幸福ではなく…

自分の毎日をコントロールさえできれば 何もかもがうまくいくわけでもなく…

 

人間は他の誰かの体から生まれ、他の誰かにはぐぐまれ、交わったり離れたりしながら成長します。

LGBTQIAであるとか HIV陽性者であるとか そうでないとか とは関係なしに。

この 理屈ではない何か。

う~ん、うまく説明できない…

 

人生という路地を進んでいたら突然視界が開けて 予想しない道に分かれて。

ここから先をどう行こうか…

もちろん…自分のことも大切だけど…それなら今までもうさんざんやってきて いささか飽きちゃったし…

 

今は ここまで自分を生かしてくれた この場所へたどりつかせてくれた誰か…何か…に”恩返し”がしたい。

具体的に”それってなに?”と聞かれると まだ ばく然としていて答えられないのですが…

自分の中の”何か”を 次の世代につなげるリレーに参加したくなった、というか…

誰かから生まれてきた生きものの一部として…これまで自分がずっと見落としてきたことに気持ちを寄せ、果たせなかった思いを返したいのです。

“今までと何も変わらない” のでは やっぱ困るんだ…

 

というのが、今の大いなる?野望 WW

目標に近づけるよう 地道にがんばります。

(日記も もうちょっとマメに更新、を心がけてね (;´∀`)♪

 

まもなくアメリカで公開になるジュディ・ガーランドの伝記映画「Judy」。

来年のアカデミー賞候補になりそう(たぶん)な作品。

“Over the Rainbow”のイメージが強烈過ぎた彼女の 母であり女性であったもうひとつの部分に早く触れてみたいです。

そういえば、こんなニュースも↓

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5966441

心の時計

なぎさのペンギン

2019年になって初めての投稿だ。。。と思いつつ 気がつけば「平成31年」も 残りはあとほんのわずか。

新元号が「令和」と発表され、季節も人々の気持ちも 新しい流れに向けて確実に動き出しているのだな、ということを ひしひしと実感します。

昭和、平成、令和。。。

まさか自分が 3つの時代を生きる立場になるなんて思いもしませんでした。

心のどこかで「オレ、年とったなー」と複雑な気持ちがありますね(^^;

 

時間って 不思議。。。最近、つくづくそう思います。

地球の表面(地上)に置かれた時計と スペースシャトルに搭載された宇宙空間の時計を比較すると スペースシャトルの方が光速により近いスピードで運動しており 重力も弱い。。。

なので、シャトルの方が地上より時間の進み方が遅くなる=時間は相対的である、ということが 科学的に立証されています(アインシュタインの相対性理論 ですね)。

 

それと別に。。。

何かひとつのものごとに集中している時や楽しい時って 苦しさや辛さを感じていたり、退屈だと思っている時に比べて ”あっという間に過ぎてしまう”感じがしませんか?

 

専門家によると、人間の脳の働きによって、体感的な時間の長さと実際の時間の長さにズレが生じる”、もうひとつの”相対性理論”が生まれているのだとか。

 

人間は。。。時間の経過に意識を強く向けている時や 身体的代謝(たとえば激しい運動をしているなど)時は 実際の時間よりも長く感じる、という現象なのだそうです。

実時間 に対して「心的時間」ということになるのかな。

時計という科学的なものさしがあるはずなのに。。。時って、すごくあいまいな存在なんです。

 

わが身をふりかえってみても。。。

最愛の人を亡くし。。。時計の針によればまだ半年未満ですが。。。

僕の心の中ではもう5年以上経ってしまったような気もするし、あれからまだ数日しか過ぎていないように感じることもあって。。。

 

楽しい時はいつだって短く感じられる。。。のなら。。。

その短く楽しい時間を積み重ねようと意識を集中すれば 楽しい時間を少しでも長く感じられるようにできるんじゃないかな。

結局は。。。錯覚なんだけど。。。まあ、それでいいんでしょうね。

時間そのものからして 絶対的な答えのない”あいまい”な存在なんですから。

 

東京では桜の見ごろが終わりかけていますが、みなさんはお花見に行かれましたか?

僕は 友人たちと騒ぎながらの宴会と 大切な人の姿を思いながら ひとり ゆったりと春を感じる時間の両方を。。。それぞれの時間の感覚で楽しむことができました。

いつもの動物園にも足を運び コアラやホワイトタイガー、ふくろうたちにも再会。

ライオンバスが復活する5月末にまた訪れるつもりですが。。。そのころには「令和元年の初夏」として さわやかな時間が流れているんだろうな。

 

2019

2010

あ、今さらですが 本年もよろしくお願いします (^^)

A Love Letter

なぎさのペンギン

11月の始め、長年連れ添ってきた僕の大切な人が 急に亡くなりました。

(前回の日記では ぼかして表現していました…)

 

四十九日の法要も終わったので、僕は 彼に手紙を書きました。

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はろー。しばらく会ってないけど 調子はどう?

君がいない日常に ちょっとだけ慣れてきたよー。

もちろん、突然過ぎて 今でも完全に受け入れられたわけじゃないけどね…

グワーッと号泣して スッキリ…ってな具合に解決できればいいんだろうけど そんなに単純なものじゃないな…傷が自然に乾くまで じっと待つしかないんだと思う。

 

毎晩、夜遅くまで…言葉じゃなく、スタンプの連続技でやりとりしていた僕らのLINE。

君の妹さんたちと一緒にテーマパークに行ったとき

「お兄ちゃんたち、バカップルじゃん!!」

と笑われたとき…僕らも顔を見合わせ 照れて笑ったね。

君がお母さんや妹さんに自分のことをいろいろと話してくれてたおかげで、僕は君の郷里に何度も同行して楽しい時間を過ごすことができた。

 

君が亡くなった後 僕は君のお母さんと一緒に いろんな役所を回って手続きをしたよ。

その合間に部屋の掃除をし 僕が知らなかった幼い時からの君の物語を たっぷり聞かせてもらうことができました。

欠けていたジグゾーパズルのピースがだんだん埋まっていく中で 僕は改めて 君を思った。

 

君はシャイで寡黙で 自分について多くを語ろうとしなかったね…なぜだろう?

君が何を考えているのか分からず 困り果てたりもしたけど…結局 僕は君から離れなかった。

優しそうな外見とは裏腹に 内面は気難しいところがたくさんあったよね。

でも それって 僕もそうだし。似たもの同士だって最初っから気づいてたんだよね。

僕は 周囲に誤解されやすい君をずっと守りたかった。

僕が苦しんでたのと同じ道をたどってるのが分かってたから ほっとけなくて。

 

「じゃ、また明日ね! おやすみー」

「おやすみー」

最後の夜、いつもと同じLINEのスタンプ会話。

ふたりとも かわいいキャラクターが大好きで…

ねえ!(^^)!

 

でも…僕たちに 翌日は来なくて 君は 僕の知らない遠くへ行っちゃった。

 

一緒に旅行に行った北海道や東北、関西、九州…楽しかったね。

女性アイドルグループの握手会、仙台や神戸にまで遠征したね!

でも…

一緒に近所のスーパーで買い物をし “おいしいね” って同じものを食べ、

映画館やコンサートの帰りに まったりとお茶しながら感想を語り合い、

隣の助手席で スマホの音源をFMトランスミッタに流しゴキゲンな顔して、

お互いの旅の前に 駅前の改札や空港の出発ゲートで笑顔で見送りあった、

何でもない一瞬一瞬こそが かげがえないものだったと思います。

 

ぶっちゃけ 一緒にいられたら もうそれだけでよかったんだよ。

君がどこへ行こうと、何をしようと構わなかった。

ずっとそばで輝いてくれていた 僕の太陽だったからね。

実は…パートナー っていう言葉の響き 限定的過ぎて好きじゃないんだ。

恋人で、親友で、親子で、兄弟で…もしかしたら…戦友でもあったのかな、

とも思います。

 

君のことを好きになって ほんとうによかった !

こんな幸福な経験は たぶんもう2度とできないだろうと思う。

 

できれば ずっと あの止まった時間の中で暮らせたらいいな…

 

でも…

共に暮らした時間の中で 君から教わったこと、影響を受けたこと、ともに分かち合ったことは…僕の中に今も生きている。

思い出じゃなく、経験として…君が僕の中にいるって はっきり分かる。

 

なので 僕の中に生まれた君のために

僕は もう一度僕の明日を始めることにしました。

 

“君の分まで生きる”のではなく、僕の中にいる君と一緒に

僕の人生を再始動しなきゃ。

この先の数十年を嘆くよりは、君も僕の未来を望んでくれてるはず…

でしょ?(^-^;

 

君と過ごした時間に イヤな思い出はひとつもないよ。

これが 僕の人生の最大の誇りだし いちばん大切なたからもの。

14年間 ほんとうにありがとうね。

一緒にいられて最高だったね! 君の笑顔は 世界一だよ!

 

そして これからもよろしくお願いします(^_-)

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帰り道は遠回りしたくなる

なぎさのペンギン

何十年かの人生を生きてきて

人よりずっと遠回りをしてきたと思ってきました。

 

でも ムダだった、とか 後悔している…という気持ちはありません。

もっと楽に行ける近道はあったのかも知れないけど…

近道の存在を知らなかったのか…

知っていて あえてそちらを通ろうとしなかったのか…

よく分からないけれど…

(たとえ遠回りしたとしても)結果的にたどりついて

今 自分がいる場所の景色が やっぱ最高だな! と思うのです。

 

つい最近、自分にとって 生まれて初めて経験したできごとがありました。

正直言って、HIVの感染を知った時の何百倍、

いや とうてい比較なんかできるようなレベルではない衝撃…

 

こんな結果になることが分かっていたなら、もっと楽で

安全に行ける近道を選んでおけばよかったのかな…

今回はさすがに….楽天的な僕でも そんな思いが

頭をよぎらなかったわけではありません。

 

だけど…どんな道を選ぼうと…

いや たとえ本意で選んだわけではない道だったとしても…

その先にも 続く道があるんだなあって。

 

”運命の分かれ道”という言葉があります。

しかし 最後の目的地…運命?がどこなのか…

僕たちはだれ一人 知らされていません。

自分では「近道」と思っていても 実は ゆるやかに蛇行した道を

遠回りしているだけなのかもしれない。

 

大切なのは いまこの瞬間 自分がいるこの場所の風景を大切に

その先に続く道を恐れないことなんだろう、と感じています。

 

悲しみって 涙を流せるかどうかでは決められない

笑顔の陰で ずんと重く 黒く澱んで動かない

ごまかせそうで 絶対にごまかせない

とても手ごわい感情だって分かりました。

 

それでも…

どんな結末が待っていようと 人生は一度きり。

どうせなら (^^) をたずさえて歩いて行きたい。

 

僕にとっては 人生において最大の岐路に立っている「現在」…

たとえ時間がかかっても 未来へ続く道の彼方に

静かな暁がおとずれる瞬間を 待っています。

 

 

Mystery of Love ~ シンクロニシティ

なぎさのペンギン

 

いつのまにか春を通り過ぎ、初夏を思わせる陽ざしが輝く季節になりました。

みなさん、いかがお過ごしですか?

僕は 変わらず元気でやっています(^^)

 

春から夏、というのは 僕にとって特別な季節です。

15才、高校一年生だった今ぐらいの時期に 入学したばかりの学校で同じクラスの男子生徒にひとめぼれをしました。

寝ても覚めても 頭の中に浮かぶのは「彼」のことばかり。

こちらから積極的に話しかけてみたのだけれど、相手は大勢いるクラスメートのひとりとしか見てくれなくて 僕のことには興味がないみたい。

なんとか もっと距離を近づけたい、彼のことを知りたい。。。

体育の時間、彼の着替えを横目で見て 裸の美しさを盗み見たときの ドキドキとした感覚。。。切ない思い。。。

当時、夢中になって読んでいた本が、アメリカの作家、J・D・サリンジャーが書いた「ライ麦畑でつかまえて」。

直接的に”ボーイズラブ”を扱った作品ではないのですが、背景となる全寮制私立男子高校というシチュエーションに 自分の姿を照らし合わせて。

今にして思えば ワロタ~WW と一蹴したくなるようなセンチメンタルな自分ですが、当時は真剣でした。

いまだに 夏みかんのような心地よい甘酸っぱさが 胸の奥にありますね。

 

それから約二十年後、僕は HIVに感染した、という診断を医師から受けました。

そう あれも。。。ほぼ 今ぐらいの 爽やかな季節。

緑が鮮やかで美しい風景と 自分に突きつけられた鋭い現実。

あの日がどんなに辛かったのか 鮮明に憶えています。

 

そして さらに十数年後。

現在の僕は 50才を何年か過ぎています。

顔にきざまれたしわ、肌のたるみ、目立つようになってきた白い髪。。。

いくら外見を飾ってみたところで ほんとうの自分はごまかしきれません。

今のオレに 足りないものって?

 

数年前から 自分の仕事の幅を広げるために科学を学び始めました。

自分が病気にならなかったら。。。こんな展開にはならなかった。。。

 

すべては そのときのめぐりあわせ、シンクロニシティ。

そのときハッピーに感じたことが そのあとの”自分史”にとって良い結果をもたらすのかどうかは はるか彼方の未来にならないと分からない。

不思議なものです。

 

十数年前の初夏、僕は ”HIVに感染したことが、自分の人生にとって最大のインパクトとなるできごとに違いない”と確信しました。

ところが、それは間違いでした。

 

自分にとっては、病気が分かった後の十数年間の方がはるかに大変だったのです。

そのほとんどが HIVやAIDSとは関係のないつながりの上で発生したこと。

病気になろうとなるまいと 人生って 先へ先へと続いて行くものなんだ。。。

ってゆうか 健康でなかったら。。。悩みが生まれる余裕すらないのかもしれない。。。

苦しさを感じるたびに、そう思い知らされました。

 

Life finds a way。。。

「生物は 自分が生き(残っ)ていく道を(必ず)見つける」という言葉があります。

どんなに大変なときでも。。。人は ちゃんと自分なりの方法を見つけ 乗り越えていくことができると思う。

 

もちろん、そのことを可能にしてくれた。。。いろいろな偶然に感謝をしなくてはいけないですね。

「治療」という強い味方が自分をサポートしてくれたこと、たまたま それを可能にしてくれる恵まれた場所や時代に生まれ合わせていたこと。。。

僕を世の中に送り出して、五十数年後の現在の自分の いま味わっている気持ちの ”おおもと” を作ってくれた 父と母にも ありがとうを言いたい。

そして この十数年 僕とともに歩んでいるパートナーにも 心からの感謝を。。。

 

高校時代の”片思い”が恋愛に成就しなかったからこそ「現在」があるのなら。。。

卒業以来、もう30年以上会っていない彼にも Thank you と言っておくべきだな~。

 

今月(2018年4月)の下旬から公開される映画「君の名前で僕を呼んで」を見たら。。。

世間知らずで幼稚で、ピュアでまっすぐひたむきだったあの頃の自分や 当時の彼の面影にも会えるかな?

ちょっとドキドキしている♡こっ恥ずかしい おっさんの自分です。

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい時間

なぎさのペンギン

今夜は クリスマス・イヴ。

年を重ねるごとに、時間の流れの早さが身にしみます W

今年いちねんのわが身を振り返って….

ここはよかった、あそこはもっとこうするべきだった、と

あれこれ振り返る そんなひとときが好きです。

今年できなかったことは 来年に引き続いてのお楽しみ !

と 自分の気持ちに余裕があるのは

いまの状態がそれなりに健康を保てているからでしょう。

優しい気持ちでいられることに そんな時間の流れに

感謝。

(長年のパートナーと”以心伝心”の間柄になれたのも感謝)

 

2017年、自分は よくがんばったなあ と思います。

一生の中でいちばん忙しく、と形容できるほど 肉体的にも精神的にも疲れ

やり残したことも多々ありましたが とても充実した一年でした。

 

日々のばくぜんとした生活の中で、仕事の上で、友だちとの語らいの中で

過去の自分が学んでいないことが こんなにたくさん あるのか….

と ハッと我に返ったのが 数年前。

 

病気だから

周囲にはなかなか理解されにくい(と思える)生き方を選んでいるから

人生にいくつもの秘密を抱えているから

そんな生き方をしている人はそれほど数は多くない…

だから….

と 当時 自分で自分の可能性を閉ざしてしまっていたと思います。

 

実は 世の中のみんなが そんな人たちだらけであった、

ということが実感として理解できるまで ずいぶん時間がかかりました。

自分が外の世界に目を向けなかっただけ なんだけど。

かなり遅まきでしたが それでも そのことに気がつけて良かった。

 

現在の自分は 大きな声で誰かの気を引かずとも

自分に必要なものは自分の感覚で探し出し、見定め、

自分に取り込むことができるようになりました。

食べ物を栄養として吸収するみたいに 自分にとって未知のことを

ちょっぴりドキドキしながら、時々 悩んだり音を上げたりしながらも

自分の体の中に摂り込んでいくプロセスは 楽しいですね。

 

病や事故で亡くなった親しい人たちも 今年も何人もいました。

高齢の母親も自宅での生活が困難な状況になり 数年前に家を離れました。

でも 落ち込むのではなく、いつかは自分にもやってくる運命として

大切な”予習”のためのレッスン教材として生かせた。

そのことも大きな経験でした。

悲しみや痛ましさからでないと学べない現実って たくさんあって

ミステリーじゃないけど 終わりの方に近づいたからこそ

やっと本当の意味がわかってくる、ってこと

数えきれないくらいですから…

 

女性や子供、といった これまで自分の人生とは

あまり縁のなかった人たちと多くの接点がもてたのも

今年の収穫でした。

 

本当は…

いまでも 自分の 僕の子供が欲しいな、と思いますが

その夢がかなわなくても構わないので

これからも 若い人たちとの接点を積極的にもちたい、と思います。

僕は親になった経験はないけれど 彼らと一緒に過ごすときは

いつも穏やかな 優しい時間です。

 

日本は すでに超高齢化社会。

自分もこれからどんどん年をとっていくわけです。

自分たちと同世代、より上の世代の人たちへの共感も大切にしつつ

やはり 僕は 未来を若い人たちのために残したい、と思う。

これから大人になる人たちに 未来を選んでほしい。

 

 

古い書物を燃やし すべてを新しい人たちにまかせなさい。

 

年末に観た「スター・ウオーズ 最後のジェダイ」でも

あの!伝説のジェダイマスターが豪快に笑っていましたっけ W

(未見の方にはちょっとネタバレ?)

 

うん、時代って いつだってそうやって変わっていくんです。

これまでも そうだったし これからも そうでしょう。

 

 

2018 年まであとわずか、もうすぐカウントダウンが始まります。

みなさまも素敵な聖夜と年末年始をお楽しみください。