2014/5/18 なぎさのペンギン
広島は 僕にとっては特別な街。
最初に訪れたのは高校生のときですが、当時の自分には(幼すぎたのか)「ヒロシマ」という場所のもつ意味があまりリアルに感じられず、過去に起こった悲劇 くらいの認識しか持っていませんでした。
ずっと後になってから資料館を見て回り、”あのとき 何が起きたのか”という現実に(とはいっても あくまでバーチャルなものでしかないけれど)少しだけ触れることができ、自分の中の何かが変わった記憶があります。
何年か前には日本エイズ学会も開催され、スカラシップで参加していた僕は あらためてこの街を歩いて回りながら 1945年8月6日 午前8時15分に起こった出来事に思いをはせました。
縁あって その後 何度もこの街に足を運ぶことになるのですが….
突然ですが
「Hiroshima mon amour (ヒロシマ モナムール)」という映画を知っていますか?
50年も前に作られた白黒の古い作品ですが、反戦映画の撮影のために来日したフランス人女優と日本人男性の交流と心の葛藤を描いた心にしみる作品でした。
広島市に長期ロケをして撮りあげたことが当時 大きな話題になったそうですし、当時の広島市、というか 復興を遂げてきた戦後の日本の面影を記録した貴重な映像 という評価もされているようです。
自分にとってもふたたび”ヒロシマ”に興味をもつきっかけを作ってくれた忘れられない映画なのですが、公開当時は 日本語題がなぜか「二十四時間の情事」となっていて(不倫チックなラブロマンスみたいな印象ですよね)けげんな思いを抱いたものでした。
広島の風景同様に 印象的だったのが、フランス人女優の役を演じたエマニュエル・リヴァという女優さん。
大変に美しい容姿を備えていた方ですが、その後 映画ではあまりお目にかかることはありませんでした。
芸能界を引退し ひっそりと静かに暮らしているのかな、なんて勝手に想像していたのですが…
実は数年前、彼女は映画の撮影以来 50年ぶりに来日し、広島も訪問したのだそうです。
ロケ撮影の合間、彼女は広島市街の風景をカメラで収めていました。それは 被爆したヒロシマの姿に心を痛めているという設定だった自分の役柄を(演じる側として)より深く理解するため の手段だったのだとか….
当然のことながら それらの写真は人目に触れられず長い時間 そのまま放置されていたのですが、ふとしたきっかけで発掘され、ついには写真展が広島で開催されることになり プロモーションのために来日したということでした。
半世紀ぶりに訪れた町並みを見て 彼女は”広島は本当に復興したのだ と私は感慨無量になりました” というコメントを残しています。
それからふたたび数年後….
カンヌ映画祭のパルムドール、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞など…そうそうたる世界の映画賞を総ナメにした映画「愛・アムール(Amour)」で 久しぶりに女優・リヴァさんの姿を見たのは 昨年のこと。
病に冒され”別人”へと変貌していくという難役を見事に表現していて圧巻だったのですが、なによりもすばらしかったのは 彼女の勇気です。
往年の美人女優という世間のイメージにあらがうように、85才の老いた等身大の自分の姿をありのままにさらけだしているその姿は 神々しくさえ感じられました。
こんな人生も あるんですねえ。
そして今年 僕にとっては2年ぶりの来広。
原爆ドームを望む歩道は新緑の木々にあふれ、川は いつものようにゆったりと流れていました。
大それたことに….
僕は 自分の中の時間とリヴァさんの50年間を勝手に重ね合わせながら 青い空を見上げたまま ひたすらに ぼーっと空想していました。
なんとなく物騒な時代になってしまった気もする…
けれど…きょうの日の この平和が いつまでも続きますように….
2014/3/31 なぎさのペンギン
今年の冬は発達した”南岸低気圧”がいくつも接近したため、大雪や暴風など 太平洋側を中心に荒天に見舞われてしまいました。
イギリスには “March comes in like a lion and goes out like a lamb “ということわざがあります。
「3月はライオンのように荒々しくやって来て、子羊のようにのどかに去っていく」という意味で、三月も最初のころは荒天が続くけれど、後半になるにしたがってどんどん春めいていく…という この時期ならではの移り変わりを表しています。
もっとも、今年は..
見かけだおしのライオンのような、それでいて羊の皮をかぶった猛獣だった気もする…いつになく 寒暖の変化が激しい早春だった印象が。
例年と比べて寒い冬だー 3月になっても寒い日が続くのかなー なんて思っていたら、ある時期から一気にあったかくなり、思ったより早く桜が開花。
でも もしかしたらこの先 また寒気のぶり返しがくるかもしれない、なんて不安もあったり…….
花粉症に悩まされている方も多いようですが、まだまだ油断は禁物、体調管理には気をつけないといけないですね。
さて 先日、東京郊外にある多摩動物公園に出かけてきました。
陽光を浴びてのんびりー な動物たちの姿をカメラに収めてきましたが、あまりのポカポカさに こちらも眠気を誘われ気味…だったり…..
ライオンも素敵でしたが、悠然とたたずむユキヒョウの威厳には ただただ あぜん。
優雅で凛々しいまなざし。
こんな顔立ちになりたいかも(笑)
明日からは4月。
木の芽どき、それぞれの生きものにとっての 待望の春 本番です。
2014/2/14 なぎさのペンギン
先日 さいたま市にある「鉄道博物館」へ行ってきました。
東京・秋葉原の「交通博物館」で開催された”さよならイベント”に足を運んだのが もう8年も前のこと。
埼玉県に移設&リニューアルされてからは 初めての訪問でした。
展示の目玉であるC57形式蒸気機関車や、国鉄(現在のJR)としては初の固定編成寝台特急であった「あさかぜ」など 歴史的車両の数々にも圧倒させられましたが、印象的だったのは やはり 開業当時そのままの姿で陳列されている0系新幹線でした。
東海道新幹線の開業は いまから50年前の昭和39年(1964)。
東京オリンピック開会式の10日ほど前のこと というのは有名な話ですが….
東日本と西日本を貫通する大型鉄道プロジェクトって、明治時代の後半には 当時の政府によってすでに検討されていたんですね。
かなりびっくりしました。
巨額の予算が必要になるため、何度も却下、挫折の憂き目に遭いつつも、さまざまな人たちの尽力によって復活した新幹線プロジェクト。
昭和に入っていよいよ実現か…という段階までこぎつけたところで アジア太平洋地域を含む 世界中が戦禍の中へ入ってしまったのでした。
戦後の動乱、高度成長期の時代を経、最初の構想から60年近い時間をかけて ようやく実現した新幹線開業 とは まさしく日本人の夢 そのものだった と…
今年、2014年には いよいよ超電導リニア方式による中央新幹線の着工がはじまり、13年後の2027年には東京⇔名古屋間、約30年後の2045年には名古屋⇔大阪間の開通が予定されています。
考えてみると….
僕が小学生だった1970年代の半ばには 未来の乗り物として”リニアモーターカー”がすでにいろいろな雑誌で取り上げられていたんだっけ….
そうすると、やっぱり これも 70年近い時間を受け継いでいく話 ということになります…
(蛇足ながら、8年前と同様 今回もパートナーが一緒。
ふたりして 時の流れの早さに感慨無量(?)という感じ…)
SFという夢の物語が 現実の世界で生まれ変わるまでに必要な時の流れ。
たくさんのひとたちの関わりがあり 思いがあって 未来 という時代が作られていくんだなあ と なんともうるうるな思いに浸りながら 博物館を後にしたのでした。
2014/1/4 なぎさのペンギン
あけましておめでとうございます。また 新しい年が始まりましたね。
僕は 2014年の元日を健やかに迎えることができました。
なによりも感謝したいのは そのことでしょうか。
僕くらいの年になると、HIVをもっているかどうかとは関係なく、全体的に体調を崩す人が増えてきます。
自分のこころとからだを管理する、という習慣は 若い時よりは今のほうがずうっと大事になってきています。
自分にとって”健やか”だと感じられる割合が多ければ、それだけ幸福を感じられる時間も長くなる、という意識が 年を経るごとに強くなってきていて、その思いは新しい年にも引きつがれました。
「自分の周囲に存在してくれている大切な人たちと なるべく多くの時間を共有する」
昨年のはじめに立てたこの目標を一年を通じてじっくり取り組んでみたら、自分の予想以上の結果になったこと。
それも2013年の成果のひとつになりました。
大好きな人に対して敬意を抱き、自分から積極的にコミュニケーションをとリ続ける。
恋愛関係でも、親兄弟などの肉親との間でも、友情でも それは同じでした。
日常生活はそうした積み重ねでなりたっており、毎日の切り開きが 自分にとっての幸福への王道につながっているのだ、と実感させられた一年。
今年、2014年も 同じように 自分のペースで”王道づくり”に励みたい。 そんな気持ちで満たされている年の始めです。
全部を実行できるかどうかは分からないのですが、今年の目標。
・なにかのスポーツ競技の大会かレースに出たい。 だれかと 自分の能力を競ってみたいですね。
・アメリカでもヨーロッパでもいいのですが、長期の時間をとって のんびり(できたら1ヶ月くらい)鉄道旅行がしてみたい。
・今年の大みそかまでに 200冊くらいの本が読みたい。
・インターネットを使う時間をさらに減らしていき、実際に人と会い、共に過ごす時間をより多くとりたいです。
今感じている以上の幸福って なかなかなさそうだから(望み過ぎても意味ないよね)、特になにかをつぶやく必要もないのかなあ、と (^^ゞ
みなさまにとっても、新しい年 2014年が 最高の一年でありますように !
2013/10/16 なぎさのペンギン
大型の台風が関東地方の海岸沿いを通過し 伊豆半島の大島で大きな被害が出ているようだ。
ひとりでも多くの方が 災害に巻き込まれないで済むように…と思っていたら TVで 小学生2人が波にさらわれて行方不明 というニュース。
報道によれば 友だち同志で海に遊びに来ていて波に呑まれてしまったのだという。警察に通報したのは母親だ。
複雑な気持ちになった。
僕には子供はないが、成人した子どもがいてもおかしくない年齢になっているので 親御さんの気持は容易に理解できる。
台風の日に 海に遊びに行く…それがどんなに危険なことなのか ちょっぴりの想像力を使えば すぐに分かること。
中には ”自業自得” という厳しい言葉を浴びせたり、子供に海に行くことを許した親の見識を非難する人もいるだろう。当然の反応 だとも 心では思う。
僕も 自分が小学生のころ 台風で氾濫した河川をよく見物に行った。
河岸ギリギリに建っている家は、今にも波に呑み込まれそうで 土が崩れ落ちるたびに建物の床下がむき出しになり まるでパニック映画を見ているようだった。スリルを感じて心が躍った。
その家に 人が住んでいて 人間の暮らしがあり 家が流されてしまったらその人の生活そのものが流されてしまう なんて 当時は考えもしなかった。
自然に破壊されていく風景がただひたすらにカッコよく 圧倒的に思えた。
今ならそんなことは思わないけど 当時は そう感じたのだ。
毎日は あたりまえの日常の繰り返し。
だからこそ 非日常はカッコよく スリルにあふれたものであってほしい。そのほうが興奮する。 でも その先に もしかしたらものすごく大きな危険が待っているかもしれない。他人事ではなく、自分に降りかかってくるかもしれない。その想像力が足りないのが子どもだ。
大人になって 様々な経験を通して 心も体も”痛んで傷つく”ことを知った。
現実はVFX満載のSFファンタジー映画ではない。
スリルは否定しない。
でも その中に ほんのちょっぴりのリアリティを混ぜてモノを作ることで ヒトは 他のヒトに対する想像力を広げる そのことは スリルだけでは終わらないなにか があることを伝えるのには役立つはずだ。
残念ながら これから先も 同じような事故は完全になくなることはない と思う。子どもは子どもであり 子どもの時代に子どものままに生きることが自然なのだと思う。彼らの本能的な行動や考え方を押さえつけることはできないし もちろん 押さえつけてはいけないとも思う。
そうである以上 ほんのちょっとした好奇心から とんでもない事に巻き込まれる子どもたちを 待ち受けるリスクからパーフェクトに守ることはできない。
しかし 大人は 子どもだったころの自分の体験を 今 子どもである人たちに伝えることはできる。
ただし
インターネットや本の情報でその体験が現実味たっぷりに共有できるのか?
と言われれば 僕は 首を傾げるだろう。
役に立つのは 人間の声だ。
リアルな 生きている人の 生声。
生身の人間が 生身の人間に伝えることで 初めて大きな意味を持つ。
ひたすら地道に 根気よく続ける作業の繰り返しだけれど それを続けていかなければならないし
続けられてきたからこそ 今日という日がある。
2012/12/4 なぎさのペンギン
ごぶさたです。
ほんとうにひさしぶりの更新で、かなり(汗)な感じですが、
みなさんは元気でお過ごしですか?
僕は あいかわらず マイペースで生活しています。
仕事 ちょこっと 忙しめ。
プライベートは それなりに充実。
おかげさまで 体調も(年のわりに)まずまずかな。
自分的には 若いときよりも今の方がよっぽど元気かも って
思えるのも 治療生活がうまくいっているからこそだなあ って
(誰に対して伝えたらいいのか いろいろ考えますが)
心から感謝しています。
とはいいながらも、今年は 自分の周囲で
同じ病気をもつ友人が 残念ながら
何人か亡くなってしまいました。
薬を飲んでいても 完治したわけではないのだ
という厳しい感情が ふと頭をよぎります。
中には 治療がうまくいっていたのに
事故でこの世を去っていった人もいて
生のはかなさを思い知らされた1年でもありました。
輝きの長さには限りがあるからこそ
現在という時間を 一瞬 一瞬 悔いのないように
過ごしていけたらいいな と願っています。
来年に というか 来月になると
誕生日を迎え またひとつ年をとります(苦笑)
でも 数年前に比べ 年をとることが
それほどイヤではなくなってきたかなあ。
むしろ どうやって老けていこうかなあ ということを
真面目に考えるのが 楽しみになりつつあるような。
来年は 今年よりもっといい年になるといいなあ。
2012/3/13 なぎさのペンギン
ずいぶんひさしぶりの日記になります。
ごぶさたしてすみませんでした。
僕はあいかわらず元気にやっております。
さて 本日のお題はその「元気」。
いま僕が働いている職場は 自然環境が豊かな郊外にあります。
コンピュータのソフトウエアを開発している会社なんですが、従業員が
びっくりするほど健康的なんです。
この業界では けっこう珍しいかも。
僕が所属する部署は特にそう。
大半の人がジム通いをしているのはいいとして 市民マラソン大会やら
いろんなスポーツイベントに参加している人が多いんです。
いちばんびっくりしたのは “エコ+フィットネス”という社内活動で、
オフィスは9Fにあるんだけど、エレベータを使わず 階段を使って行き来するの。
で、みんな 息が切れてない。
これって どういうこと?(゜o゜)
で、僕も 息を切らすわけにはいかない。
というわけで 負けずぎらいの私としては ついついムキに。
1週間に4回はトレッドミルで7km走り込み、屋内用のランニングシューズも
購入してしまいました(笑)
おかげかどうか分からないけれど 今年の春は鼻の調子がいいみたいです。
体調に気をつけながら せいぜいな若作り がんばりま~す。
2011/10/26 なぎさのペンギン
すっかりごぶさたしていますが、元気でやっております。
この間 映画「猿の惑星<創世記>」を見たら、劇中に
[ハノイの塔] というパズルゲームが出てきました。
5本の杭があり そのうちの1本の杭には それぞれ大きさの異なる
お皿(真ん中に穴が開いている)が5枚乗せられています。
サイズが一番大きな皿が一番下で 上にいくごとに皿の大きさが
小さくなり 一番上の皿は一番小さいサイズです。
ここで問題。
お皿の置き方のルール(一番下が一番大きな皿で 一番上が一番小さな皿)
を変えることなく この5枚の皿を他の杭に移したいと思います。
移し変えるのは残りの杭4本ならどれでもいいのですが、
お皿の並べ方は上のルール通り。
つまり、一番最初の状態をそっくり再現するために お皿を何回移し変えたら
いいのか その最短の回数は何回か を競うのがこのパズル(ゲーム)の
目的です。
杭の数を5本ではなく3~4本、お皿の種類を5枚から3~4枚にすると
比較的内容が簡易になるそうです(それでも難しいと思うけど)
みなさんも お時間のあるときに試してください。
ちなみに 映画に登場するチンパンジーは
これをスラスラ解いてしまい そこから物語が展開していく
という筋書きになっています。
2011/4/6 なぎさのペンギン
原発事故。 空気に 水に 流れはじめた恐るべき物質。
でも 放射性物質のほとんどは 太古の昔から もともと自然界に存在している元素。 宇宙が作られたときから存在していたものばかり。
有害な電磁波が飛び交う宇宙空間では 生物は命がない。 X線などの強烈な放射線のエネルギーが たちまちのうちに ありとあらゆる細胞を破壊してしまう。
そんな死の星に酸素が生まれ 上空をオゾン層のヴェールが 包んでくれたおかげで 生物は繁栄した。 そのオゾン層が破壊されている。 オゾンホールの広がりで 北極では前年比四割減という勢いだという。
しかし オゾンはどんなときでも生命を育むわけではない。 殺菌剤として使われているくらいだから 本来は生物を殺す性質の強い 有害物質だ。
地球温暖化を防ぐために 原子力発電の計画が進められた。 ところが 生命の安全を確保しようとして 逆に毒物をまき散らしてしまった。
人間は 五感で感知できないものを 存在しているものとみなさない。 というより そこが境目になっているから いろんなものと共存できているし ときには自らをつぶしてしまうこともありえるのだろう。
白黒どちらか 答えを出せば問題が解決するほど明快なわけではなく あやうい生と死のラインを行き来しながら揺らいでいるのが 最初から生物を取り巻いている シビアな現実なのかもしれない。
バランス。
不安定なやじろべえの上でけんめいにがんばっているからこそ 生きていることは素晴らしいのだ と あらためて思う。
2011/3/22 なぎさのペンギン
気がついたら 前回の日記から半年近く経っているなあ(汗)
すっかりごぶさたしてしまいましたが、変わらず元気でやっております。
久しぶりの更新で書きたいのは やはりあの地震のことです。
被災された地域にお住まいの方々にはお見舞い申し上げるとともに 一日も早い復興を祈っております。
僕の住む東京では 建物などへの直接的被害は比較的少なかったのですが 人々がうけた精神的なダメージは かなり大きいように感じました。 それまで まったく予期していなかった何かに襲われた驚きやあせり 怒りの感情をどこに向けていいのかわからない そんな雰囲気が街に漂っています。
ある人が、雑誌で
「たとえ2万人が亡くなったって ああかわいそうだなとは思うけれど 本当に心が引き裂かれる感情を味わうのは 広い世界の中で 自分がもっとも愛するひとりか あるいは数人の人たちが もう帰らない存在なのだと知らされること。 今回は そういう思いを味わった人たちの思いのひとつひとつが とてつもなく多い数で集まってしまった。
人は 自分がなにかに巻き込まれてはじめて本当の真実を知るもので それまでは やっぱり他人事としか受け止められないものなんだよね」
とコメントしていたのを読んで 言葉の意味を噛みしめています。
そう。 自分の場合も あのときはそうだった。 それから いろいろと変わっていったんだ….
事件のあとの あれから それから 時間の流れで変わっていくだろう さまざまなものごと。
いま 僕たちにできるのは 自分が体験した何かからヒントを得て 想像力を働かせて 未来をすこしでもよりよいものにする。 それしかないような気がするのです。
ひとりでも多くの人が 少しでもはやく 穏やかな時間を取り戻せますように。
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