陽性者と家族の日記 “なぎさのペンギン”

「おかげさま」と「おつかれさま」

なぎさのペンギン

「日本語って ホントにムズカシいよね~」
日本で暮らす外国籍の人たちが、しばしば口にする言葉です。

漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使い分けなくちゃいけない、とか…
(特に日本で発達した)”敬語”の表現をどう使ったらいいのか、とか…..
確かに 日本語は 複雑かつ繊細….

日本語には ”配慮表現” という独特の言い回しがあります。
(敬語や謙譲語は”配慮表現”の一部)

ある外国の人が まかない付きのアパートに”下宿”させてもらっていた時のこと。

大家さんが貸してくれた石油ストーブが急に作動しなくなってしまい、
その外国の人は
「すみません、ストーブがこわれてしまいました」
と報告しました。

しかし大家さんは立腹。
その外国の方としばらく口をきかなかったのだとか。

理由は….
自分が管理運用していた状況で壊れたのだから
「ストーブがこわれてしまいました」ではなく
「ストーブをこわしてしまいました」と言うべきだろう、
と考えたからなのだそうです。

“相手からモノを借りている最中に発生したトラブルなのだから 
それくらいの配慮があって当然..”というのが 大家さんの見識だったのでしょうが….
この外国の方には ちょっと気の毒だったかな….
日本語学校に何年通ったとしても ここまでの微細なニュアンスはなかなか学べなさそうですよね….

日本語には ”相手に気を遣うような言い方が良し” とされる傾向が 確かにありますよね。
かといって 常にそれが正解とも言えないのが 更なるムズカしさなんだけど。

こうした日本語をめぐるコミュニケーションギャップは もちろん非日本語ネイティブ⇔日本語ネイティブの間だけの
問題ではなく 日本語ネイティブ同士でも発生しています。

たとえば
鉄道の駅などで耳にするアナウンスでは 電車の発車時に
「ドアが閉まります」
と聞こえてくるのが(一般的には)自然な言い回しとされています。
実際にはドアを開け閉めする操作をしている人がいて ドアが自分の意思で勝手に動いているわけではないんですが….

「ドアを閉めさせていただきます」という謙譲の表現では ”ちょっとへだくだりすぎなんじゃないの?”という印象。
逆に「ドアを閉めます」という直接的な言い切りにすると “上から目線の威圧的な感じ”がして 
抵抗感を覚える人もいるのではないでしょうか?

大切なのは
「ドアが閉まります」「ドアを閉めます」「ドアを閉めさせていただきます」
この3つのどれもが 日本語の文法としては正解である ということ。
どれかが間違っているから問題なのではなく どれもが正解であるからこそ 受け取リ手が
“オレの…アタシの選択こそが正しいに違いないんだ”
と思い込んでしまう そんな危険性をはらんでいる、ということです。 

興味深いことに…
同じひとこと であっても(たとえばバスの運転手のように)開閉装置を操作する人の存在が
明確な場合(話者の顔が見える状況)においては 「ドアを閉めます」と言い切っても 
受け入れられやすくなる可能性が高くなる ということです。
(抑揚やアクセントなど話者の言い回しが丁寧に聞こえるなら よけいにそう感じるでしょうね)
電車の場合に比べ 運転手=バスの運行を管理する人 という認識がわかりやすく 
“この人が管理しているのだから 乗客である自分たちは従わなきゃね” 的な共有感が
広がりやすい ということかもしれません。

う~ん….
なんか….シチュエーションに左右されすぎじゃね….
あいまいすぎるぞ~ 日本語(笑)

もうひとつ 別の例を…..

親が病気になって入院していたが、治癒して退院した…というような状況で
「お父さん、具合が良くなってよかったね」
「はい、おかげさまで先日退院しました」
というようなやりとりは ごくありふれた会話です。

しかし、20代などの若い世代の人たちは この”おかげさま”というあいまいな表現を 
年長の人ほど好まない傾向にあるのだとか。

この場合の”おかげさま”は 誰か特定の人ではなく…神仏など 超自然的な存在の恩恵に
よって….という背景が想定されています。
なので「何が父親の健康を回復させたのか」という点を 古来からある”偉大なるものへの
感謝”のレベルで解釈するか、科学的、論理的な理詰めでとらえるか…で 意見が
大きく分かれるでしょう。

興味深いのは…

「おかげさま」に匹敵するあいまいな表現の言葉として「おつかれさま」がありますが、
こちらについては 若い人ほど多用する傾向にあるらしい、ということ。
言葉に関する意識調査の結果を見ても、会話の第一声をこの言葉で始めようとする人は 
若年者に多いそうです。
イマドキの若者なんて みんな気配りなんかできてね~んだからよ~ 
という話ではないんですね。

ここでの「おつかれさま」は 本気で相手の労をねぎらうというより
「おはようございます」や「こんにちは」「こんばんは」と同じ、コミュニケーションの
きっかけを作るあいさつの役割を果たしているに過ぎません
(アラフィフの僕ですら、わりとよく使っていますWWW)
「ご苦労さま」では上から目線で失礼だけど、「おつかれさま」なら あたりがやわらかい
よね…と考える人も多そうな気がしますし,,,,

一方で
「自分は 別に疲れてはいないよ…..なんで 特に親しくもない相手から”おつかれさま”なんて
言われなきゃならないの?」と 「おつかれさま」の乱用を快く思わない人たちも(当然)います。
こちらは 年長の方々ほど強い抵抗感を示す傾向にあるようですし さらに細かく見ていくと
 メールでのやりとりで あいさつを「おつかれさまです」の一文で始めるのは 
男性より女性のほうが多い という傾向が見られるのだそうです。

会話は 言葉のキャッチボール。
同じ価値観をシェアしていなければ コミュニケーションの一方の側では違和感を感じて
しまいますが ”自分は 社会の中で常に一般的(スタンダード)”という思い込みが強すぎると
 意外な落とし穴にはまってしまいます。

「日本語ってホントに難しいよね~」
日本語ネイティブである自分も 本当にそう思うのですが….

ここまで思慮深く 幅の広い言葉は世界中捜しても なかなかありませんね。

様々な状況で いろいろな言い回しを使い分けることでコミュニケーションを無限大に楽しめる….
難しいからこそ 実に勉強のしがいがありますね….日本語って。

今日は 少し前に聴いたあるラジオ番組の話題から 自分への覚書の意味を含めて残してみました。

「カミングアウト」は誰のため?

なぎさのペンギン

最近、

「HIVであることを他人に告げたら拒絶された」
「自分のセクシャリティを正直に話したら、ドン引きされた」

という 友人や知り合いからの悩みやグチを聞く機会が 
何度か 立て続けにありました。

う~ん、難しいです…
カミングアウト…

なるべく伝えやすい環境を整えることは もちろん重要です。
ただし…

カミングアウトが難しいのは 
単に ”HIV”だから、とか ”セクマイ”だから 
という理由だけではない気もするのです。

学生時代からの友人に

“自分は近い将来、病気で失明するらしい”

と伝えられたときの衝撃は 
二十年経った今でも 鮮明に残っています。

もちろん、その友人は
今でも元気で生活していて
この間も ふたりで 当時の話をしました。

“信頼できる人間には 真実を伝えたかった”
と言ってくれたのには 
感謝の気持ちでいっぱいになりました。

しかし 同時に 僕にとっては
友人の告白から 現況を受け止められるようにまで
20年という時間がかかっているんだな
そんな思いもあります。

伝えられた真実は 重かったので….
心のどこかで ずっと抱えてきたわけです。

僕は友人と言う立場だったけど 
もし 自分が家族だったなら
どう感じながら過ごした20年だったんだろう….

ふと 考えたりもします。

個人的な意見としては

伝える前に
「誰のためにカミングアウトをするのか?」
と言う点を クリアにしておくこと。
これが大事だと思います。

自分のため?
それとも(事実を知ってほしい)相手のため?

もちろん
その両方 というのも あるでしょう。

誰のためであってもいいのだろうけど
いずれにしろ そこがすべての出発点ですよね。

自分の経験を通じて学んだのは

「自分が伝えたことを 相手がきちんと受け入れてくれる(はず)」

という”希望的観測”は もたないようにしよう

ということでした。

友人と僕との関係性がそうだったように
そこから先 その人とうまくつきあっていけるかどうかは 
一種の”賭け”であり 伝える側、受け止める側に
それぞれの覚悟が必要なんじゃないかな….

もうひとつ

自分の気持ちに区切りをつけたい、すっきりさせたい
そのことばかりに気を取られてはいけないかな?
 
とも感じます。

受け止める側の 相手の気持ちはどうなんだろう?
というところにも配慮がないと 
相手はビックリしたままの状態で放置され、戸惑ってしまいます….
自分が聞かされてショックだったのだから
心の準備も なんの知識もないまま聞かされた相手は
大ショックを受けて 心が傷ついてしまうに違いないのでは?

ある意味、
人間関係の 真の絆が試されるワケで 怖いかな。

だからこそ それが証明できたときの喜びは
格別なんだけどね。

リトル・ドラマー・ボーイズ

なぎさのペンギン

今夜はクリスマスイヴ。
いかがお過ごしですか?

世界中には数え切れないほどのクリスマス・キャロル(クリスマスソング)がありますが
僕が大好きなのは「リトル・ドラマー・ボーイ」という歌。

この世に生まれたばかりのちっちゃな”王様”(KING)をお祝いしたい
けれど 僕の家は貧乏で 高価な贈り物なんてムリだ
僕にできるのは 太鼓(ドラム)を叩いて御前で演奏してあげること
太鼓を叩いたら ちっちゃな王様が優しく微笑みかけてくれた 
わーい !!!

この”王様”こそが、後のイエス=キリスト…..
というのが おおまかな歌詞の内容。
ラパパンパン、と挿まれるドラムの音色がユニークで 
子どものころから 聞くたびにワクワクさせられたものでした。

古くは トラップ・ファミリー合唱団(あの「サウンド・オブ・ミュージック」に登場する
トラップ一家です)やハリー・シメオネ合唱団、ビング・クロスビー、スティービー・ワンダー、
ホイットニー・ヒューストンなど さまざまな大歌手に歌われ継がれ、最近でも
アリシア・キーズやジャスティン・ビーバー、人気TV番組「Glee!(グリー)」のキャストも
カヴァーしています。

今夜は 僕の好きな3つのヴァージョンから。

マイケル・ジャクソン としてスーパースターとなるずっと前、ジャクソン5時代の”かわいいマイケル”。
情感いっぱいに歌います。
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ビング・クロスビー featuring デビッド・ボウイ という 永遠に再現不可能な夢のコラボ。
ここまでくると もはや世界遺産(笑)こういうのを聞くと、歌の力ってすごいな~ と改めて感動。
watch?v=ADbJLo4x-tk

アイルランドの女性コーラスグループ、ケルティック・ウーマン。
ケルト音楽風の幻想的なアレンジが素晴らしいです。
watch?v=HxKGDumNZDQ

Everybody wishes a Merry Christmas.

ちょっと気が早いですが !
穏やかな年の瀬を迎え 新しい年が素晴らしい一年となりますように。

竜巻とパンプキン

なぎさのペンギン

またまた ごぶさたしております。

先日、名古屋に行ってきました。

名古屋へ行ったら絶対行こう ! と 以前からずうっと楽しみにしていたのが「名古屋市科学館」。
お目当てだった世界最大の投影ドーム、と言われるプラネタリウムは時間が合わずに見ることができなかったけど、「竜巻ラボ」「放電ラボ」のイベントショウを楽しみました。

“ラボ”という名前の通り、竜巻と放電(たとえば雷もそのひとつ)という気象現象を人工的にミニミニ再現する科学ショーなのですが どちらも予想以上の大迫力。
左下の写真に写っているのは「竜巻ラボ」の実験中の様子。 
人工竜巻とはいえ、なんと 高さは7メートルもあるんですよ。
天井と床に加湿器や扇風機を設置、あったかい上昇気流と冷たい下降気流の流れを作って”竜巻”の様子を再現しようという試みですが…..どうですか この渦巻?お見事 !

「放電ラボ」の方はというと….
”テスラコイル”という高周波・高電圧を発生させる機械で作り出した150万ボルトの電気スパークを まさに全身で体感してきました。
車のドアに触れたときにバチッと衝撃が走る静電気は誰でも一度は体験したことがあると思いますが、あれはせいぜい数千ボルト~一万ボルト。
こう考えると、150万ボルトというのがどれくらいの威力を持っているかがわかります。
雷が落ちる音とは違うのですが 放電時のグオオオーンという轟音は正直言って心臓に悪いド迫力。
むかしの映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の中でも あんな電気が走ってタイムマシンが作動していましたっけね。

最近は災害が多く、なんとなく不安な気持ちの方も多いと思いますが….
たとえシュミレーションであろうと 大自然の脅威(驚異でもありますが)を身近に感じさせてくれるこうした施設を訪れることで 科学に対する興味がより深くなるのでは?と感じました。

もうひとつ、百貨店で開催されていた”草間彌生”作品展にも足を運びました。
彫刻家、版画家、小説家など さまざまな顔をもつ草間彌生さんは、子供のときに病気を患い その影響で幻覚や幻聴に苛まれ 大変につらい経験をされたそうです。
当時の医師が絵を描くことを薦めたことが 草間さんが芸術の道を志すきっかけだったとか。

草間さん、というと水玉模様をモチーフとした作品が知られていますが、今回見ることができた”わが永遠の魂”と題された数々の版画は、人間の中にある原始宇宙のような、心の中にある自分自身の解剖図、とでもいうのか….
素朴でありながら強烈なインパクトを放つ草間ワールド。すっかりトリコになりました。

もう一枚の写真(右下)は 彼女の作品「パンプキン」。
秋深しハロウィンの季節、こんなおしゃれなカボチャのオブジェクトも素敵ですよね。

都電の風景

なぎさのペンギン

人々がせせこましく行きかう東京の街にも ”市街電車” が残っている。
いまや たった2路線となってしまったけれど…..

かつては”路面電車”とも呼ばれた。
自動車と電車が同じ道路の上を仲良く走っていたのは昔々のこと。
モータリゼーションはスピーディな輸送を可能にしたが 都会の道路から電車も追いやった。

それでも人々の暮らしに深く根づいた”市街電車”は 沿線の住民にとって重要な存在だ。

都電荒川線。
新宿区と荒川区を結ぶ12kmちょっとの運行区間は人々でごった返し、車内はほぼ満員 という状態が一日の大半を占める。
沿線にはいくつかの病院があり、通院する患者さんたちにとって貴重な足にもなっている。

車椅子での乗降は日常茶飯事だし、松葉杖をついた利用者も多い。
電車の到着に間に合わなかった人が停車場に近づいてくるのを察知すると 運転手は発車を止めて 彼らが乗り込んでくるのを待つ。他の乗客も 辛抱強く待つ。
“こっちは急いでいるのに なんでわざわざ止めるんだよ” なんて野暮な文句をつける人はいない。

一度、通勤電車でいつも自分がやっているような”おりまーす、降ろしてくださーい”という…人と人の間をかき分け 押しのけ….という行為をやってしまったことがあるが、瞬時に
「そんなに押さないで、あたしもここで降りるんですよ。あなただけじゃないんです」
とピシャッとはねつけられ 恥ずかしい思いをしたこともある。

乗客の半数が高齢者の都電荒川線では お年寄りが主役。
あるとき乗り込んできた老婦人は運転手に
「電車がバスに載っている駅があるんですけど、そこで乗り換えたいの。
あなた 場所をご存知かしら?」
と尋ねた。

電車がバスに載っている って どういうこと?
運転手は質問の意味が分からず、何度も聞き返した。
「本当よ、電車がバスに載っているの。そういう場所があるの」
と繰り返す婦人。
周囲の人々も このばあさん 大丈夫?….と言わんばかりのけげんな表情で傍観していた。

はたと思い当たった。
“電車がバスに載っている”、というのは 軌道の上をタイヤで走行する案内軌条式(新交通システム)の輸送機関、つまり「日暮里舎人ライナー」を指しているのでは?
(東京でいうと”ゆりかもめ”もそうですね)
僕が婦人に尋ねると、「そうよ!それそれ。その言葉が出てこなかったの。ありがとう」
という答えが返ってきた。
彼女は 日暮里舎人ライナーと都電荒川線が相互に乗り入れる「熊野前」で無事降りることができた。

最近、ちょっとだけ…..親の介護をするようになったのだが、似たような問題に出くわす。
本人は自分なりの言葉で一生懸命になにかを表現しようとしているのだが、こちらがしびれを切らし 言いかけた言葉をさえぎったり、”それは間違いだよ”とあっさり跳ね除けてしまうことが多くなっている気がする。

きちんと最後まで話しを聞いてあげる。せっかちにならず、ゆったりと 辛抱強く。
“てきぱきさん” だけがえらい わけじゃあないんだしね。

荒川線に乗るたび、いつも思いを新たにする私です

ヒロシマ、ふたつのモナムール

なぎさのペンギン

広島は 僕にとっては特別な街。

最初に訪れたのは高校生のときですが、当時の自分には(幼すぎたのか)「ヒロシマ」という場所のもつ意味があまりリアルに感じられず、過去に起こった悲劇 くらいの認識しか持っていませんでした。

ずっと後になってから資料館を見て回り、”あのとき 何が起きたのか”という現実に(とはいっても あくまでバーチャルなものでしかないけれど)少しだけ触れることができ、自分の中の何かが変わった記憶があります。

何年か前には日本エイズ学会も開催され、スカラシップで参加していた僕は あらためてこの街を歩いて回りながら 1945年8月6日 午前8時15分に起こった出来事に思いをはせました。

縁あって その後 何度もこの街に足を運ぶことになるのですが….

突然ですが
「Hiroshima mon amour (ヒロシマ モナムール)」という映画を知っていますか?
50年も前に作られた白黒の古い作品ですが、反戦映画の撮影のために来日したフランス人女優と日本人男性の交流と心の葛藤を描いた心にしみる作品でした。
広島市に長期ロケをして撮りあげたことが当時 大きな話題になったそうですし、当時の広島市、というか 復興を遂げてきた戦後の日本の面影を記録した貴重な映像 という評価もされているようです。

自分にとってもふたたび”ヒロシマ”に興味をもつきっかけを作ってくれた忘れられない映画なのですが、公開当時は 日本語題がなぜか「二十四時間の情事」となっていて(不倫チックなラブロマンスみたいな印象ですよね)けげんな思いを抱いたものでした。

広島の風景同様に 印象的だったのが、フランス人女優の役を演じたエマニュエル・リヴァという女優さん。
大変に美しい容姿を備えていた方ですが、その後 映画ではあまりお目にかかることはありませんでした。
芸能界を引退し ひっそりと静かに暮らしているのかな、なんて勝手に想像していたのですが…

実は数年前、彼女は映画の撮影以来 50年ぶりに来日し、広島も訪問したのだそうです。
ロケ撮影の合間、彼女は広島市街の風景をカメラで収めていました。それは 被爆したヒロシマの姿に心を痛めているという設定だった自分の役柄を(演じる側として)より深く理解するため の手段だったのだとか….

当然のことながら それらの写真は人目に触れられず長い時間 そのまま放置されていたのですが、ふとしたきっかけで発掘され、ついには写真展が広島で開催されることになり プロモーションのために来日したということでした。
半世紀ぶりに訪れた町並みを見て 彼女は”広島は本当に復興したのだ と私は感慨無量になりました” というコメントを残しています。

それからふたたび数年後….

カンヌ映画祭のパルムドール、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞など…そうそうたる世界の映画賞を総ナメにした映画「愛・アムール(Amour)」で 久しぶりに女優・リヴァさんの姿を見たのは 昨年のこと。
病に冒され”別人”へと変貌していくという難役を見事に表現していて圧巻だったのですが、なによりもすばらしかったのは 彼女の勇気です。
往年の美人女優という世間のイメージにあらがうように、85才の老いた等身大の自分の姿をありのままにさらけだしているその姿は 神々しくさえ感じられました。
こんな人生も あるんですねえ。

そして今年 僕にとっては2年ぶりの来広。
原爆ドームを望む歩道は新緑の木々にあふれ、川は いつものようにゆったりと流れていました。

大それたことに….
僕は 自分の中の時間とリヴァさんの50年間を勝手に重ね合わせながら 青い空を見上げたまま ひたすらに ぼーっと空想していました。

なんとなく物騒な時代になってしまった気もする… 
けれど…きょうの日の この平和が いつまでも続きますように….

3月のライオン

なぎさのペンギン

今年の冬は発達した”南岸低気圧”がいくつも接近したため、大雪や暴風など 太平洋側を中心に荒天に見舞われてしまいました。

イギリスには “March comes in like a lion and goes out like a lamb “ということわざがあります。
「3月はライオンのように荒々しくやって来て、子羊のようにのどかに去っていく」という意味で、三月も最初のころは荒天が続くけれど、後半になるにしたがってどんどん春めいていく…という この時期ならではの移り変わりを表しています。

もっとも、今年は..
見かけだおしのライオンのような、それでいて羊の皮をかぶった猛獣だった気もする…いつになく 寒暖の変化が激しい早春だった印象が。
例年と比べて寒い冬だー 3月になっても寒い日が続くのかなー なんて思っていたら、ある時期から一気にあったかくなり、思ったより早く桜が開花。
でも もしかしたらこの先 また寒気のぶり返しがくるかもしれない、なんて不安もあったり…….
花粉症に悩まされている方も多いようですが、まだまだ油断は禁物、体調管理には気をつけないといけないですね。

さて 先日、東京郊外にある多摩動物公園に出かけてきました。
陽光を浴びてのんびりー な動物たちの姿をカメラに収めてきましたが、あまりのポカポカさに こちらも眠気を誘われ気味…だったり…..

ライオンも素敵でしたが、悠然とたたずむユキヒョウの威厳には ただただ あぜん。
優雅で凛々しいまなざし。
こんな顔立ちになりたいかも(笑)

明日からは4月。
木の芽どき、それぞれの生きものにとっての 待望の春 本番です。



鉄道博物館

なぎさのペンギン


先日 さいたま市にある「鉄道博物館」へ行ってきました。

東京・秋葉原の「交通博物館」で開催された”さよならイベント”に足を運んだのが もう8年も前のこと。
埼玉県に移設&リニューアルされてからは 初めての訪問でした。

展示の目玉であるC57形式蒸気機関車や、国鉄(現在のJR)としては初の固定編成寝台特急であった「あさかぜ」など 歴史的車両の数々にも圧倒させられましたが、印象的だったのは やはり 開業当時そのままの姿で陳列されている0系新幹線でした。

東海道新幹線の開業は いまから50年前の昭和39年(1964)。
東京オリンピック開会式の10日ほど前のこと というのは有名な話ですが….
東日本と西日本を貫通する大型鉄道プロジェクトって、明治時代の後半には 当時の政府によってすでに検討されていたんですね。
かなりびっくりしました。

巨額の予算が必要になるため、何度も却下、挫折の憂き目に遭いつつも、さまざまな人たちの尽力によって復活した新幹線プロジェクト。
昭和に入っていよいよ実現か…という段階までこぎつけたところで アジア太平洋地域を含む 世界中が戦禍の中へ入ってしまったのでした。

戦後の動乱、高度成長期の時代を経、最初の構想から60年近い時間をかけて  ようやく実現した新幹線開業 とは まさしく日本人の夢 そのものだった と…

今年、2014年には いよいよ超電導リニア方式による中央新幹線の着工がはじまり、13年後の2027年には東京⇔名古屋間、約30年後の2045年には名古屋⇔大阪間の開通が予定されています。

考えてみると….
僕が小学生だった1970年代の半ばには 未来の乗り物として”リニアモーターカー”がすでにいろいろな雑誌で取り上げられていたんだっけ….
そうすると、やっぱり これも 70年近い時間を受け継いでいく話 ということになります… 

(蛇足ながら、8年前と同様 今回もパートナーが一緒。
ふたりして 時の流れの早さに感慨無量(?)という感じ…)

SFという夢の物語が 現実の世界で生まれ変わるまでに必要な時の流れ。
たくさんのひとたちの関わりがあり 思いがあって 未来 という時代が作られていくんだなあ と なんともうるうるな思いに浸りながら 博物館を後にしたのでした。

初春のごあいさつ

なぎさのペンギン

あけましておめでとうございます。また 新しい年が始まりましたね。

僕は 2014年の元日を健やかに迎えることができました。

なによりも感謝したいのは そのことでしょうか。

僕くらいの年になると、HIVをもっているかどうかとは関係なく、全体的に体調を崩す人が増えてきます。

自分のこころとからだを管理する、という習慣は 若い時よりは今のほうがずうっと大事になってきています。

自分にとって”健やか”だと感じられる割合が多ければ、それだけ幸福を感じられる時間も長くなる、という意識が 年を経るごとに強くなってきていて、その思いは新しい年にも引きつがれました。

「自分の周囲に存在してくれている大切な人たちと なるべく多くの時間を共有する」

昨年のはじめに立てたこの目標を一年を通じてじっくり取り組んでみたら、自分の予想以上の結果になったこと。

それも2013年の成果のひとつになりました。

大好きな人に対して敬意を抱き、自分から積極的にコミュニケーションをとリ続ける。

恋愛関係でも、親兄弟などの肉親との間でも、友情でも それは同じでした。

日常生活はそうした積み重ねでなりたっており、毎日の切り開きが 自分にとっての幸福への王道につながっているのだ、と実感させられた一年。

今年、2014年も 同じように 自分のペースで”王道づくり”に励みたい。 そんな気持ちで満たされている年の始めです。

全部を実行できるかどうかは分からないのですが、今年の目標。

・なにかのスポーツ競技の大会かレースに出たい。 だれかと 自分の能力を競ってみたいですね。

・アメリカでもヨーロッパでもいいのですが、長期の時間をとって のんびり(できたら1ヶ月くらい)鉄道旅行がしてみたい。

・今年の大みそかまでに 200冊くらいの本が読みたい。

・インターネットを使う時間をさらに減らしていき、実際に人と会い、共に過ごす時間をより多くとりたいです。

今感じている以上の幸福って なかなかなさそうだから(望み過ぎても意味ないよね)、特になにかをつぶやく必要もないのかなあ、と (^^ゞ

みなさまにとっても、新しい年 2014年が 最高の一年でありますように !

スリル&リアル

なぎさのペンギン

大型の台風が関東地方の海岸沿いを通過し 伊豆半島の大島で大きな被害が出ているようだ。
ひとりでも多くの方が 災害に巻き込まれないで済むように…と思っていたら TVで 小学生2人が波にさらわれて行方不明 というニュース。

報道によれば 友だち同志で海に遊びに来ていて波に呑まれてしまったのだという。警察に通報したのは母親だ。

複雑な気持ちになった。
僕には子供はないが、成人した子どもがいてもおかしくない年齢になっているので 親御さんの気持は容易に理解できる。

台風の日に 海に遊びに行く…それがどんなに危険なことなのか ちょっぴりの想像力を使えば すぐに分かること。

中には ”自業自得” という厳しい言葉を浴びせたり、子供に海に行くことを許した親の見識を非難する人もいるだろう。当然の反応 だとも 心では思う。

僕も 自分が小学生のころ 台風で氾濫した河川をよく見物に行った。
河岸ギリギリに建っている家は、今にも波に呑み込まれそうで 土が崩れ落ちるたびに建物の床下がむき出しになり まるでパニック映画を見ているようだった。スリルを感じて心が躍った。

その家に 人が住んでいて 人間の暮らしがあり 家が流されてしまったらその人の生活そのものが流されてしまう なんて 当時は考えもしなかった。
自然に破壊されていく風景がただひたすらにカッコよく 圧倒的に思えた。
今ならそんなことは思わないけど 当時は そう感じたのだ。

毎日は あたりまえの日常の繰り返し。

だからこそ 非日常はカッコよく スリルにあふれたものであってほしい。そのほうが興奮する。 でも その先に もしかしたらものすごく大きな危険が待っているかもしれない。他人事ではなく、自分に降りかかってくるかもしれない。その想像力が足りないのが子どもだ。

大人になって 様々な経験を通して 心も体も”痛んで傷つく”ことを知った。
現実はVFX満載のSFファンタジー映画ではない。

スリルは否定しない。
でも その中に ほんのちょっぴりのリアリティを混ぜてモノを作ることで ヒトは 他のヒトに対する想像力を広げる そのことは スリルだけでは終わらないなにか があることを伝えるのには役立つはずだ。

残念ながら これから先も 同じような事故は完全になくなることはない と思う。子どもは子どもであり 子どもの時代に子どものままに生きることが自然なのだと思う。彼らの本能的な行動や考え方を押さえつけることはできないし もちろん 押さえつけてはいけないとも思う。

そうである以上 ほんのちょっとした好奇心から とんでもない事に巻き込まれる子どもたちを 待ち受けるリスクからパーフェクトに守ることはできない。

しかし 大人は 子どもだったころの自分の体験を 今 子どもである人たちに伝えることはできる。

ただし
インターネットや本の情報でその体験が現実味たっぷりに共有できるのか?

と言われれば 僕は 首を傾げるだろう。

役に立つのは 人間の声だ。
リアルな 生きている人の 生声。
生身の人間が 生身の人間に伝えることで 初めて大きな意味を持つ。
ひたすら地道に 根気よく続ける作業の繰り返しだけれど それを続けていかなければならないし

続けられてきたからこそ 今日という日がある。