陽性者と家族の日記

角を曲がる

ごぶさたです。

前回の更新が2019年の4月9日なので 約半年ぶり…ちょっと間を開け過ぎ?

 

僕がこの”日記”のブログに初めて参加させていただいたのは、2007年の夏(たぶん)。ずいぶん前です。

始めのころはけっこうマメにアップしていたんですね…

 

今回の日記を書く前に 改めて自分の過去の投稿をいくつか見直してみました。

“病気になってもこーんなに元気、ホラ 見て見て~”みたいなアピールいっぱいで われながらめっちゃ恥ずかしい(当時 すでにいい年したおっさんだったのに ! (^^; )

「大丈夫、自分がしっかりしていれば 今までと何も変わらないよ」…というメッセージを…自分以外の誰か…他の陽性者も含め…に発して、励ましたかったんだろうな。

もっと言えば…誰よりも自分自身にそう言い聞かせたかったのだと思います。

 

時間が経つにつれ  最初は非日常だと思った”HIVとのつきあい”が日常となり、薬を飲んだり通院するのがルーティンになってくると 欲が出てきますね。

”無理しなくていいんだよ、自分のペースで行こうよ”…そう優しい言葉をかけてくれるのはうれしいけれど…

でも 多少の無理をしなきゃ成長できない、自分が望む方向へは進めないっていうのも事実ですから。

 

自分はこんなもんじゃない、この場所にだけ踏みとどまっていられない…みたいな気負いも強かったんだろうな。

 

(幸いなことに)自分の場合はこの十数年の治療の継続で健康状態に大きな変化もなく、それなりに体力も温存できていることもあり…

自分がHIV陽性者であるという現実を忘れそうになることが よくあります。

(”忘れたい”…という 認知的不協和状態の影響もあるでしょう)

 

でも…世の中に変わらないものなんて 結局 なにひとつありません。

 

僕の場合、はっきりと大きく変わったのは…自分を取り巻く環境の変化でした。

 

2007年のころは、とりあえず自分の病気のことだけ考えてりゃいいや…って思っていて…それ以上のことを考える余裕や先を見る洞察力はありませんでした。

毎日がいつまでも同じなら この先の未来は約束されてる、万事オッケーだと単純に考えていて 未熟だった。

 

さまざまな事情で家族との距離が遠さかり、最愛の人も亡くなり…

おのずと考えます。

 

ひとりで自由気まま ありのまま 思うがままに生きるだけが幸福ではなく…

自分の毎日をコントロールさえできれば 何もかもがうまくいくわけでもなく…

 

人間は他の誰かの体から生まれ、他の誰かにはぐぐまれ、交わったり離れたりしながら成長します。

LGBTQIAであるとか HIV陽性者であるとか そうでないとか とは関係なしに。

この 理屈ではない何か。

う~ん、うまく説明できない…

 

人生という路地を進んでいたら突然視界が開けて 予想しない道に分かれて。

ここから先をどう行こうか…

もちろん…自分のことも大切だけど…それなら今までもうさんざんやってきて いささか飽きちゃったし…

 

今は ここまで自分を生かしてくれた この場所へたどりつかせてくれた誰か…何か…に”恩返し”がしたい。

具体的に”それってなに?”と聞かれると まだ ばく然としていて答えられないのですが…

自分の中の”何か”を 次の世代につなげるリレーに参加したくなった、というか…

誰かから生まれてきた生きものの一部として…これまで自分がずっと見落としてきたことに気持ちを寄せ、果たせなかった思いを返したいのです。

“今までと何も変わらない” のでは やっぱ困るんだ…

 

というのが、今の大いなる?野望 WW

目標に近づけるよう 地道にがんばります。

(日記も もうちょっとマメに更新、を心がけてね (;´∀`)♪

 

まもなくアメリカで公開になるジュディ・ガーランドの伝記映画「Judy」。

来年のアカデミー賞候補になりそう(たぶん)な作品。

“Over the Rainbow”のイメージが強烈過ぎた彼女の 母であり女性であったもうひとつの部分に早く触れてみたいです。

そういえば、こんなニュースも↓

https://news.nicovideo.jp/watch/nw5966441

なぎさのペンギン

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