陽性者と家族の日記

心の準備

はじめまして。この度日記のライターをお引き受けいたしましたと鳥前進(とりまえすすむ)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。ネスト・プログラムに参加していることもありますので、鳥前と思われる人物を見かけましたら遠慮なくお声掛けください。

実は数日、香港に旅行に行っていました。中華圏は2月16日に旧正月を迎え、香港は新年を祝うお祭りムード一色でした。活気あふれる香港の街からパワーをもらいながらも、ふと思い出してしまうのはHIVのことでした。

2017年2 月、私は保健所の検査で感染が分かり、その数日後に拠点病院を受診しました。「早く服薬を始めたい」と思っていたものの、ウイルス量、CD4、その他の所見も障害者手帳を申請するための基準に達していなかったため、「しばらく様子を見る」方針となり、この2月でちょうど1年が経過しました。HIVに感染していること以外は特に異常はなく「普通に生活してよい」とのことだったので、旅行が好きな私にとっては特別な意味合いもなく、思いつきで香港旅行を計画していました。

そんななかで旅行直前の診察を迎え、これまでと同様に様子見で終わるだろうと思っていましたが、主治医からは「そろそろ薬を始めませんか」というまったく予想だにしていない提案を受け、しばし呆然としてしまいました。感染当初は障害認定の基準も知らずに「早く服薬を始めたい」と期待しすぎて、自分の身体の状況が良いことにすら苛立ちを覚えていましたが、いざ薬が始まるとなると動揺を隠しきれない自分に気づかされました。この1年間、そう長くは続かないにしても「モラトリアム」があることをありがたく思ってはいましたが、服薬に向けた心の準備をまったくしていなかったのです。

いつ始めるのが良いのだろうか。今の通院頻度は3か月に1回だけど、服薬当初は頻度は上がるだろうな。仕事が忙しい時期に通院が増えるのは避けたい。副作用はどのくらいでるのだろうか。薬を飲んでいることろを職場の人に見つかったらどうしよう――こうなる日が来ることは分かっていたけれど、いざ その時を迎えると容赦なく押し寄せる不安に押しつぶされそうになっている自分を感じました。

けれども、いまここに書いていることは贅沢な悩みなのかもしれません。身体の状態によっては服薬のタイミングを選べないこともあります。服薬のタイミングが近づいたとはいえ、私にはまだ数ヵ月猶予があり、その間に主治医やソーシャルワーカーさん、そしてぷれいす東京で先輩方に相談できます。それはとても心強いことです。カウントダウンは始まってしまいましたが、皆さんの助けを借りながら心の準備をしていきたいと思っています。そしていずれは、心の準備が必要な方たちを助けられるようになる日が来ることを願っています。

鳥前 進

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