HIVコミュニティからの「新型コロナウイルス感染症に対する要望書」を厚生労働省に提出
5月15日「厚生労働省 健康局 結核感染症課」に要望書を提出しました。この要望書には、日本全国の市民団体、HIV陽性者、研究者の32の組織・個人が賛同をしました。今後、厚生労働省とも協議・連動しながら、改善に貢献できたらと思います。
2020年5月15日
厚生労働省 健康局 結核感染症課 課長 日下英司様
新型コロナウイルス感染症に対する要望書
エイズ対策に携わってきた市民団体、HIV陽性者、研究者有志グループ
新型コロナウイルス感染症の治療及び拡大防止に取り組む行政、医療関係者をはじめ、皆様のご尽力に心より敬意を表します。
私たちエイズ対策に携わってきた市民団体、HIV陽性者、研究者は、人々が疾病と向き合って生きるために必要な視点について、エイズ対策を通して学び、実践をしてきました。私たちは、新型コロナウイルス感染症に対しても、人権への配慮を前提に、対策に協力していきたいと考えています。
特に、本感染症の感染者、患者、家族及び、その医療を担う医療者に対して、理不尽な偏見や差別が見られています。「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(前文)にも鑑み、「いわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすこと」、「感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応すること」の実現と徹底を求めます。
新型コロナウイルス感染症の市民の視点に立った対策を実現するため、以下のことを要望します。
要望事項1は新型コロナウイルス感染症の流行時に求めるエイズ対策を、要望事項2、3、4はエイズ対策の経験から反映していただきたい、今後の新型コロナウイルス感染症対策を挙げています。
要望事項
- HIV/エイズの予防対策や治療への影響の現状把握と改善に向けた取り組みを行うこと、新型コロナウイルス感染症の流行が長期化する場合への対策を準備すること
- 新型コロナウイルスに感染した人及びその周囲の人々の人権を守り、差別・偏見をなくすべく手段をつくすこと
- クラスター対策等での個人情報の収集については、市民との合意形成を重視し、常態化を避けること
- 社会において脆弱性をもつ人々の背景に配慮し、当事者参加型による啓発・支援の対策を構築すること
要望1 | HIV/エイズの予防対策や治療への影響の現状把握と改善に向けた取り組みを行うこと、新型コロナウイルス感染症の流行が長期化する場合への対策を準備すること |
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新型コロナウイルス感染症の対策に集中することは、海外の発生動向や医療崩壊の実態、また我が国での全国的な拡大動向からみて重要であり、最前線で対応する医療機関や保健所等への支援を継続していくことが必要な状況にあります。その一方で、新型コロナウイルス感染症が流行する以前から、既に治療を必要として通院・入院をしている人々や、これから検査や診療を受けようとしていた人々は、その機会が制限されている現状があります。HIV感染症では、HIV検査の機会が長らく提供されない状況が続くと、エイズを発症するまでHIV感染がわからない人の数の増加が予測されます。また、自らの感染の有無を早期に知る検査機会がなくなることにより、気づかないうちに他者への感染が起こる機会も増え、HIV感染が拡大する可能性も考えられます。しかし、現状での保健所等でのHIV検査の実施は担当者等への負担を増すこととなり、困難な状況にあると考えます。 HIV検査・相談を必要とする人々への機会提供について、行政、医療機関とNGO等の連携を前提にしつつ、NGO等が中心となって、郵送検査やクリニックでの検査を活用する等により新たなHIV検査の機会を提供し、エイズ対策の減速を抑制する必要があります。 また治療を開始したHIV陽性者にとって、治療の継続は重要であり、治療へのアクセスが中断されないことが必要です。特に外国籍住民のうち、母国から抗HIV薬を取り寄せていたHIV陽性者たちの中で医療につながることができないケースが相談支援機関で散見されています。これは、外国籍労働者の日本国内の医療、福祉へのアクセスのしづらさが根底にあり、早急に改善することが求められます。 新型コロナウイルス感染症の収束には時間を要し、対策の長期化が言われている現状において、HIV/エイズや他の疾患への対策についてもその長期化をふまえた対策を求めます。 |
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要望2 | 新型コロナウイルスに感染した人及びその周囲の人々の人権を守り、差別・偏見をなくすべく手段をつくすこと |
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の尾身茂氏は、「感染者や医療従事者への偏見や差別が起こっており、その家族にも広がっている。病気に対して生じた偏見や差別がさらに病気の人を生み出し、感染を拡大させるという負のスパイラルが起きてしまう。偏見や差別は決してあってはならないことだと思います。」と指摘されています(4月22日 記者会見)。新型コロナウイルス感染症に関連した差別・偏見をなくすための取り組みは、流行の収束にとっても非常に重要です。病気への差別・偏見が強化されることによって、新型コロナウイルス感染症の検査や治療へのアクセスのハードルが高まる可能性があります。またそのことが、結果として、個人の健康を脅かすことになり、新型コロナウイルス感染症の早期収束という目標達成を遅らせることにつながってしまうことを懸念します。また、疾病の病原性や死亡者数の動向といった情報だけでなく、感染を予防し乗り越えるための適切な方法の情報を、さらに出していくことが必要です。疾病の恐ろしさだけをいたずらに強調するキャンペーンや報道内容は、人々の病気への差別や偏見を強めるだけになってしまいます。また、それぞれの個人の中で、恐怖感や不安が強くなると、リスクや病気の症状を把握することなく、極端な行動を取ることにもなりかねません。 恐怖とは別の方法での啓発として、新型コロナウイルス感染症を経験した人々がもつ経験の語りを通じて、一人ひとりが他人事ではなく、自分のこととして共感できる工夫をする等、この疾病に関わるリアリティの共有に基づく啓発を推奨します(注1)。 |
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要望3 | クラスター対策等での個人情報の収集については、市民との合意形成を重視し、常態化を避けること |
新型コロナウイルス感染症対策における市民の個人情報の取り扱い方について、国、自治体、医療機関等でのガイドラインを論議の上で速やかに策定すること、それを周知し、徹底することを要望します。個人が特定され、差別化や非難の対象になる等、感染した人やその周囲の人々の生活が脅かされる事態は避けなければなりません。また、市民のもつスマートフォン等モバイル端末から得られる情報の活用について、新型コロナウイルス感染症の感染動向を迅速に把握するうえで必要であるとしても、市民との合意形成が必要です。人々の情報に関するリテラシーのレベルは多様であり、リテラシーが高い人だけではないため、このことが様々な混乱を招くことにもなりえます。個人情報がどのように扱われ、どのような情報について同意しているのかが不明確な状態のままオプトアウトで情報を収集されること、そしてそのようなことが常態化することがないように、個人情報の取り扱いに関するガイドライン策定と周知、徹底を要望します。 | |
要望4 | 社会において脆弱性をもつ人々のもつ背景に配慮し、当事者参加型による啓発・支援の対策を構築すること |
新型コロナウイルス感染症の報告例では、感染経路が「不明」のケースが増えている現状にあります。この中には感染判明時に感染経路を明確に回答しにくい、社会的に脆弱な立場にある人々が含まれる可能性があります。社会の中で脆弱性をもつ人々に対する新型コロナウイルス感染症の取り組みは、背景を理解し、支援を伴う体制をもって行われることを求めます。また、感染対策を進める過程で、特定の人々のあぶり出しや攻撃、批判につながるような表現を避けることを求めます。また、新型コロナウイルス感染症に関する啓発の際には、誰もが他人事ではない、特定のポピュレーションのみの話ではないという視点をもつことが重要です。そしてエイズ対策で個別施策層と呼ばれる人々に対しては、ピアな視点をもつ当事者による啓発・支援が必要です(注2)。このためには、当事者コミュニティや市民の参加を促すことのできる枠組みが必要であり、当事者参加型による啓発・支援の対策の構築を要望します。 | |
(注1) | わが国ではHIV感染症への取り組みとして、市民団体が中心となり「Living Together HIVに感染している人も、感染しているかどうかわからない人も、私たちはすでに一緒に生きている」という啓発活動を展開している。そして、HIVに感染した人やその周囲の人々がもつ経験の語りを通じ、HIVは一人ひとりにとって他人事ではないというリアリティをコミュニティや社会に醸成し、HIV検査や治療、そして予防への関心を高めてきた。新型コロナウイルス感染症においても、こうした疾病経験のリアリティの共有に基づく啓発が重要と考える。 |
(注2) | わが国のエイズ対策では、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき策定された「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針」において、男性とセックスする男性(MSM)、セックスワーカー(性産業従事者)、外国人、薬物依存症者等、HIV対策にとって重要であり社会的に脆弱な立場にある人々を「個別施策層」とし、施策において配慮が必要としている。 |
以上 |
エイズ対策に携わってきた市民団体・HIV陽性者・研究者有志グループ
特定非営利活動法人akta 岩橋恒太、荒木順
特定非営利活動法人 アフリカ日本協議会 稲場雅紀
イルファー釧路 宮城島拓人
特定非営利活動法人 エイズ&ソサエティ研究会議 宮田一雄
(認定)特定非営利活動法人 魅惑的倶楽部 鈴木恵子、松竹由紀、舩石翔馬
ANGEL LIFE NAGOYA 石田敏彦、藤浦裕二
金城学院大学 市川誠一
順天堂大学 井上洋士
SWASH 要友紀子
(認定)特定非営利活動法人 シェア=国際保健協力市民の会 本田徹、仲佐保、沢田貴志
(認定)特定非営利活動法人SHIP 星野慎二
特定非営利活動法人CHARM 松浦基夫
東北HIVコミュニケーションズ 小浜耕治
名古屋市立大学 金子典代
nankr沖縄 玉城祐貴
にじいろほっかいどう 国見亮佑
特定非営利活動法人 日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス 高久陽介、長谷川博史
notAlone Fukuoka HIV陽性者交流会 灰来人
HaaTえひめ/BRIDGEプロジェクト 新山賢
特定非営利活動法人パープル・ハンズ 永易至文
バザールカフェ マーサ・メンセンディーク
(認定)特定非営利活動法人ぷれいす東京 生島嗣、池上千寿子
ふれんどりーKOBE 朝来駿一
北陸HIV情報センター 今井由三代
MASH大阪 塩野徳史
特定非営利活動法人 ネットワーク医療と人権 若生治友
メモリアル・キルト・ジャパン 寺口淳子
やろっこ 太田貴
ライフ・エイズ・プロジェクト 清水茂徳
特定非営利活動法人 りょうちゃんず 早坂典生
特定非営利活動法人Rinかごしま 今村葉子、岡元利通
特定非営利活動法人 レッドリボンさっぽろ 沼田栗実、秋山満
(順不同)
事務局 生島嗣(ぷれいす東京)、岩橋恒太(akta)