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Living Together “Place of Beginning”刊行のお知らせ

Living Together
ぷれいす東京設立30周年を記念し、初代代表である池上千寿子の人生を振り返る冊子「Living Together “Place of Beginning” –池上千寿子から「ぷれいす東京」へ、つながる物語–」を刊行いたしました。

2026年5月発行 頒価1,000円 サイズA5判 80ページ
申し込み方法は、こちらをご覧ください。

「・・・あの怖いエイズに関わるのはなぜ?」当時、周囲からこう問われるたびに千寿子さんは「自分のため」と答えていたそうです。医師ではない、HIV陽性者ではない、患者家族でもない千寿子さんは、なぜ「ぷれいす東京」を立ち上げようとしたのでしょうか。なぜエイズを切実に「自分ごと」として捉えることができたのでしょうか。
ここで、千寿子さんの歩んだ道のりを、時代の移り変わりとともにたどってみましょう。・・・」「はじめに」より

Living Together

はじめに

 東京都新宿区高田馬場、駅前の喧騒を飲み込むように流れる神田川──。その近くにあるマンションの一室で1994年4月、NGO「ぷれいす東京」が始まりました。バブル経済の名残か、部屋は前借り主の仕様のまま、絨毯を張り巡らせたような豪奢な壁が目をひきます。
 新たな借り主は、アメリカ帰りの性科学者でジャーナリストの池上千寿子さん。賃貸契約書の千寿子さんの職種は福祉関係と記されました。活動内容に「HIV」や「エイズ」という言葉を使えば部屋を貸してもらえない時代です。一方、4か月後には、アジアで初めての国際エイズ会議が横浜で開かれようとしていました。
 それから30数年。活動の場、発信の場、たくさんの想いを込めて命名された「ぷれいす東京」は、望み通りに多くの人々の「居場所」になりました。
 「あの怖いエイズに関わるのはなぜ?」当時、周囲からこう問われるたびに千寿子さんは「自分のため」と答えていたそうです。医師ではない、HIV陽性者ではない、患者家族でもない千寿子さんは、なぜ「ぷれいす東京」を立ち上げようとしたのでしょうか。なぜエイズを切実に「自分ごと」として捉えることができたのでしょうか。
 ここで、千寿子さんの歩んだ道のりを、時代の移り変わりとともにたどってみましょう。「ぷれいす東京」の歴史の一部に触れたあなたが、笑ったり怒ったりしながら明日も生きていく、そんなささやかな勇気を得られることを願って。

2026年 春

Living together "Place of Beginning"目次

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