ぷれいすコラム

首都圏の新規HIV感染者ゼロを目指して

岡 慎一 国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター センター長

ぷれいすコラム2023年2月号「首都圏の新規HIV感染者ゼロを目指して」岡慎一HIV感染予防対策は、時代と共に大きく変わってきた。そんな中でも変わらないことは、HIV検査の重要性である。検査無くして対策無しである。

1.エイズ戦略研究
日本でHIV感染者が増え始めたのは2000年少し前で、その頃から感染経路としてMSMが主流となっていった。2004年に年間新規感染者数が1,000人を超え、2005年には累計の感染者数が1万人を超えた。

この当時の危機感から、HIV感染者を何とか減少に転じさせるための対策が急がれ、2006年から2010年にかけ、当時のエイズ予防財団理事長の木村哲先生を主任研究者として、エイズ戦略研究が実施された。研究目標は、HIV検査件数を2倍に増やし、エイズ発症患者を25%減少させるというものであった。介入対象地域は、首都圏(東京、千葉、神奈川)と阪神圏(大阪、京都、兵庫)であったが、途中から首都圏に絞られた。介入内容は、HIV検査の①普及・広報、②支援・相談体制の整備、③MSM対応検査体制、④受検者動向調査の4項目からなり、ぷれいす東京が①の普及・広報活動の主役として活動した。

実際、戦略研究前2005年の3都県のHIV検査件数は約2万件であったのが、ピークの2008年には3万5千件に増加し、1.7倍の増加を見た。残念ながら2009年にメキシコに端を発した新型インフルエンザの影響でHIV検査件数は頭打ちとなり2倍までには至らなかったが、2010年の対象地域におけるエイズ患者数は推計値に比べ16.1%減少した。検査体制を整備し、検査を推進することでエイズ発症を減少できることが証明された。

2.検査オプションの拡大
保健所に多くを依存するHIV検査件数が、他の要因で減少することは、2009年の新型インフルエンザでも見られたが、最も顕著であったのは新型コロナの影響であった。2020年の検査件数は、2019年の半分以下に減少、それに伴い新規感染者数も見かけ上減少した。新型コロナに対応するための保健所職員の殺人的な忙しさをみると、HIV検査件数の減少は当然であり、批判することはできない。むしろ、他の検査方法のオプションを広げてこなかったことの問題の方が大きい。

一方この10年、民間会社による郵送検査件数は増加の一途をたどり、最近では年間検査件数が10万件を上回り、保健所の検査件数を凌駕するまでに達している。郵送検査には、誰にも会わず自宅でできるメリットがある一方、陽性の場合の医療機関への連携が確実に取れるかなど、いくつかの問題点もあった。しかし、最も大きかったのが、ろ紙血を利用するという点であった。ろ紙血は、輸送の簡便さからWHOからも利用を推奨され、途上国などでは広く利用されている。しかし、日本では、ろ紙血が検査検体として認められていないという点が、最も大きなネックであった。

そこで、ろ紙血の検査検体としての基礎検討を行うと同時に、郵送検査における検査・相談体制も整備するためのパイロット研究が、2015年から2016年にかけてACC、ぷれいす東京、aktaなどが共同し実施された。この研究で、約1400件の郵送検査検体を検査し、34件の陽性者をみつけることができた。繰り返し検査してくれた被験者もいたため、推定陽性率は3.4%であった。より若い層を検査に取り込むことができており、有効な検査方法である事が示された。さらに、ろ紙血に対する基礎検討を追加し、2021年にはろ紙血のHIV検査検体としての薬事承認を得ることもできた。これで、ろ紙血検査に対する問題を撤廃することができたことになる。今後の検査オプションの拡大に期待する。

3.PrEPの薬事承認へ向けて
欧米では、2010年以前からPrEPが研究として実施され、新規HIV感染者の減少効果をあげている。2015年にはWHOから途上国でもPrEPを推奨するガイドラインが出されている。PrEPにはツルバダを使用するが、日本での薬価が1錠3,800円で、もし希望したとしても保険適応外であるため全額自費となり、金銭的な壁が大きく現実的では無かった。しかし、なんとかPrEPを日本でも可能とするため、2018年からパイロット研究を実施した。この研究のため、2017年よりSexual Health外来を立ち上げ、HIV陰性のMSMのコホートを立ち上げた。このコホートにより、東京地区のMSMのHIV感染の罹患率は、約3.0/100人・年であることが明らかとなった。東京都でのMSMの新規HIV感染者は、おそらく年間400名前後である。パイロット研究でもPrEPの有効率は素晴らしく、PrEPを受けた方からのHIV感染はゼロであった。したがって、東京近郊で14,000人のMSMにPrEPが提供できれば、新規感染者はゼロに近づく計算である。ぷれいす東京のMSMに対するPrEPの意識調査でも、PrEPに対する理解が高まっているという結果が得られており、既にジェネリック薬を用いPrEPを行っているMSMは、3,000人以上に達していると推定されている。2022年のエイズ学会でもPrEPの指針が出され、いよいよ日本でもPrEPの社会実装に向けた準備が整いつつある。数字として成果が現れてくるのももう一息である。しかし、日本では、未だPrEPは薬事承認されていない。いま一段PrEPを拡大するためには、薬事承認を経て、より多くの医療機関でPrEPを実施する必要がある。

首都圏の新規HIV感染者をゼロにしていくためには、ぷれいす東京などのNPO、ACCなどの医療機関、そしてゲイコミュニティが今以上にタッグを組み、検査の拡大とPrEPの普及を目指す必要がある。ゴールは、近づいている。
 

ぷれいす東京NEWS2023年2月号より

岡 慎一 国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センター センター長


徳島大学医学部卒業
東京大学医学博士
熊本大学客員教授
主な専門分野:内科学,感染症学(主にHIV感染症)
日本感染症学会評議員・東日本支部理事
日本エイズ学会監事

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