ぷれいすコラム

LIVING TOGETHERという戦略

生島 嗣 ぷれいす東京

人は多くの感情を仮面の下に隠しながら暮らしている。「仮面」はパーソナリティという言葉の起源になっているとも聞く。LIVING TOGETHER の啓発手法は、「人の隠された感情を表出するための蛇口のようなもの」とは、aktaディレクターの張由紀夫さんの言葉だ。HIVに影響を受けた人々の「話さない/話せない」などの内に秘めた思いを間接的に浮かびあがらせる装置とも言い換えられる。

●何か役にたつことはありませんか?
1994年から、ぷれいす東京事務所の片隅で、HIV陽性者からの相談に耳を傾けつつ感じていたこと。それは、HIV陽性者やパートナーたちが日常感じていることが、周囲の人たちには全く伝わっていないことだった。「BRIDGING THE GAP」という合い言葉でエイズ国際会議が開催されたことがあるが、ギャップは私たちの住むこの東京で、僕らの身近でパックリと口をあけている。その後、「自分にできることは?」と声をあげたHIV陽性者達との共同模索が始まった。ゲイ雑誌に原稿を提供したり、ホームページやイベントにて、HIV陽性者による手記集を紹介しはじめた。誰にどう影響が及んでいるのかも判らないまま、できる事を続けていた。

●手紙集&リーディング
2004 年初頭、新宿 2 丁目 akta で開催する田口弘樹・写真展にて、HIV 陽性者の声を来場者に届ける方法を検討していた。そこから生まれたのが交換日記のような手紙集。まずは、以前から交流のあるHIV陽性者や周囲の人たちに、誰かに宛てた手紙を直筆で書いてもらい、それを読んだ来場者も返信を書けるようにした。また、会期中のイベントとして、ゲストがHIV陽性者や周囲の人の手記を朗読し、自分なりのコメントを話すというシンプルな構成のリーディングを企画した。僕らにとってのHIV/AIDSを、彼らの語りを通じて、リアルに浮かび上がらせたいという思いがキャスティングにも反映され、コミュニティのプチ有名人、書き手と共通経験をもつ人など多様な顔ぶれがそろった。

リーディングについて、その後読み手として参加した美術評論家の橋本麻理さんは、「多くの人の言葉から、むすうの何かが立ち上がった夜。この可能性の渦のようなものを拡散させずに、何かを始めていければ」と語った。リーディングイベントは、その後、大阪、名古屋、神戸などの地域イベントや学校でも取り組みが始まっている。

●カフェスタイルの場の可能性
写真展会場にて田口氏は来場者に、「僕はこの写真を撮っています。」と自己紹介。そして、「時間があったら、これ読んでみませんか。座ってどうぞ」と一言添える。「僕はいいっすよ」、「なんですか、これ~」と話していた人の顔つきが、手紙を読みすすめるうちに、変化していく。中には、感情があふれ出す人や、一度に読めずに、何度か来場する人もいたと聞く。普段、自分からHIVに関する情報にアクセスしない人もひきつける何かが、この直筆の手紙集にはあるようだ。

●何が新しいのか?
ある HIV 陽性者が、VOICE のために制作したビデオのなかで語った。「普段、もっとSAFER SEXのことを話したいんです。でも、周囲の人は違うようで、非常に大きなギャップを感じます。もし、自分が強く話したいと主張したら、周囲は自分をどう思うだろうかと想像すると、言えなくなってしまうのです。」これまでの予防啓発との大きな違いは、HIV 陽性者が参加することで、はじめて成り立つ点だ。参加することへのハードルが低いため、様々な見えにくい声が紹介できる。「言わない/言えない」声を、手紙やビデオ等を通じ、見えやすくすることで、コミュニティのメンバーにリアルな現状認識を促し、自らの行動の振り返りを期待するものだ。

普段、HIV/AIDS に関する情報は、性感染症の予防、セックスの場面という文脈で語られることが多い。しかし、実際には友人、職場、学校、親子などの関係でも、出会う可能性がある。セックスの場面に特化されるあまり、こうした日常のなかでの出会い方については、すっかり抜け落ちていることに気づく。若い人だけでなく、多くの市民に関係の深いことなのだ。他人事から自分のこととして感じるための仕掛けとして、「LIVING TOGETHER の戦略」が大きな役割を果たすのではないだろうか。

ぷれいす東京Newsletter No.44(2005年2月号)より

生島 嗣 ぷれいす東京

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