ぷれいすコラム

社会的病としてのエイズとその対策~混沌から共存へ35年の歩み

池上 千寿子 特定非営利活動法人ぷれいす東京理事

池上千寿子1981年にエイズが初めて報告されてから35年になります。この間、医療はHIV/エイズに対してスピーディに対応してきました。しかし、HIVとともに生きることを社会はまだまだ受け入れられていません。そのしわよせがHIV陽性者にのしかかります。感染症、特に性感染症は社会的に否定的な意味合いが付きまとい医療だけで解決できるものではありません。この35年間、私たちは何をしてきたか、どこに向かっているのか整理してみました。

35年間のエイズ対応は以下の3つの時期に整理できます。

まずエイズは「恐るべき死にいたる病」として衝撃的に登場しました。しかも、主に血友病の患者とMSMという「すでに偏見を背負った少数派」から始まり、さらに「セックスが絡む」という三つ巴でスティグマが張り付いてしまいます。その結果、社会の対応は冷静とはほど遠い混沌と混乱になってしまいました。現実には以下の3点に集約できます。

「不特定多数とのセックスが危ない」は間違いであるだけでなく誤解と偏見につながる。
このような排除や偏見にまみれながら、当事者が動きました。当事者に触発されたゲイコミュニティや市民が立ち上がり、的確な予防啓発とケアの活動を展開します。このパワーは世界中に広がり、HIV陽性者とNGOとは「有効なエイズ対策のためのパートナー」であるという認識が行政や医療に広がってゆきます。そして、HIV陽性者/患者の人権を守ることこそが、有効なエイズ対策を可能にすること、予防とケアは車の両輪であり、ケア環境の整備がなければ予防も進まないこと、予防行動は関係性、ジェンダー、セクシュアリティと深く繋がっていることも理解されるようになりました。Sexual Healthという視点が導入されましたが、ヘルスを保証するどだいは性的存在としての権利であることも確認されたのです。
エイズ登場から15年、1996年から抗ウイルス剤による本格的治療が開発され、HIVに感染してもエイズの発症を抑えることが可能になりました。HIV=エイズ=死ではなくなったのです。まさに「HIVとともに生きる」時代になりました。しかしこのことは2つの大課題をあぶり出しました。まず、薬価が高すぎるので「のめる少数、のめない大多数」というとんでもない倫理課題が突きつけられます。次に、ながく生きることで社会環境の不整備が浮き上がりました。治療アクセスの不平等は国連政治宣言にまでつながり、様々な努力が重ねられていますが、HIV陽性者3700万人のうち、薬を飲めるのは未だに1700万人なのです。さて、経済的に豊かで「薬をのめる」社会であっても、地域、職場、学校などでHIV陽性者が「当たり前にいる存在」となっていないとしたらどうでしょうか。周囲に感染がバレたらまずかろう、となれば検査だってためらいませんか。感染を隠す事自体、長期になるほどストレスです。「言えない周囲」が問題なのに「隠す自分がいけない」となりかねない。不寛容な社会とは、病とともに生きるエネルギーを奪いかねません。治療は陽性者の高齢化につながり、高齢社会の諸問題にプラス「言えない病」がのしかかってきます。
こうして迎えた2011年、国連は3ゼロ(新規感染ゼロ、差別ゼロ、エイズ死ゼロ)を目標に「エイズ流行の終結」を掲げ始めました。数値目標が踊ります。治療によりHIV陽性者のウイルス量を抑えれば、2次感染を抑えられる。だから検査と治療を進めれば流行のコントロールができる。さらには陽性者のパートナーに予防投与すればエイズは医療で解決すると言わんばかりです。しかし、エイズ35年は「医療だけでは解決しない」、「医療を支えるのが陽性者を受容する社会環境だ」ということを確認してきた歩みです。この意味でエイズは大きな犠牲を強いながら私たちに多くの学びとパワーを与えてもくれています。今こそ、どんな病であれ安心して発見し、安心してその病と付き合える社会に向けて変わらぬ連携と協働を継続しなければなりません。エイズはその突破口を開けてくれたのです。

第30回日本エイズ学会学術集会・総会の記念シンポジウムで話した内容を、ぷれいすコラムのために、新たに書き下ろしたものです。

第30回日本エイズ学会学術集会・総会
学会記念シンポジウム「日本エイズ学会30年の歩み」

【日 時】2016年11月25日(金) 14:45~16:30
【会 場】かごしま県民交流センター 県民ホール(鹿児島県鹿児島市山下町14-50)
【座 長】
松下 修三(熊本大学エイズ学研究センター)
満屋 裕明(国立国際医療研究センター研究所)
【シンポジスト】
栗村 敬(島根県済生会高砂ケアセンター)
木村 哲(東京医療保健大学)
池上 千寿子(特定非営利活動法人 ぷれいす東京)

池上 千寿子 特定非営利活動法人ぷれいす東京理事

北海道生まれ。1965年に東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。1969年東京大学教養学部教養学科アメリカ科卒業。
育児雑誌編集長、1972年『アメリカ女性解放史』を刊行、1982年ハワイ大学環太平洋性・社会研究所研究員、『シングル・マザー』を刊行し、この言葉を広めた。
フェミニスト的な著書などを刊行したのち、1992年「HIVと人権・情報センター」東京支部代表、東京都エイズ専門家会議委員、1994年エイズ予防啓発団体「ぷれいす東京」代表(のちNPO)、日本性教育協会理事、2000年厚生労働省エイズ対策研究事業主任研究者、慶應義塾大学非常勤講師、厚生科学審議会感染症分科会エイズ専門委員、厚生労働省エイズ発生動向調査委員会委員、2005年エイボン女性教育賞受賞。2006年エイズ予防財団、性と健康医学財団各理事。

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