ぷれいすコラム

新しいコンセプトに追いつこう!

宮田 一雄 ジャーナリスト/産経新聞特別記者(当時)

活動報告会ゲストスピーカーの宮田さん
最近は略語だらけで訳がわからないと感じている方も多いと思います。私もそうなのですが、新聞記者なら解説できるだろうという麗しい誤解があるのでしょうね。うかうかと誘いに乗ってしまいました。題して・・・。

新しいコンセプトに追いつこう!真ん中の図は、UNAIDSが昨年11月に発表した報告書『高速軌道に乗る:HIVに対するライフサイクルアプローチ』の表紙です。誕生時、10代、壮年期、成人、中高年と人生の各段階で、それぞれ予防、治療、支援のプログラムが必要だという考え方が示されています。キーポピュレーションも入っています。

男性とセックスをする男性(MSM)、トランスジェンダーの人々、セックスワーカー、薬物使用者、移住労働者といった人たちで、以前は「ハイリスクグループ」と呼ばれていました。リスクは「集団」ではなく、「行為」にあるとの考え方から最近はあまり使われていません。

予防や支援のニーズを知る人たちこそが、対策実現の鍵を握っているとの考え方から「キーポピュレーション」と呼ばれることが多くなっています。

2015年末現在のUNAIDS推計で世界の現状を確認しておきましょう。世界のHIV陽性者のほぼ半数にあたる1820万人が抗レトロウイルス治療を受けています。
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世界のエイズ対策予算は年間190億ドルですが、必要額は262億ドルと試算されています。この72億ドルのギャップが解消すれば、流行は終結に向かうということでしょうか。
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ここでいう『エイズ流行終結』の目標はHIV陽性者が存在しない世界ではなく、流行が「公衆衛生上の脅威」とならない状態にすることです。
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政治の指導者には「少なくとも公衆衛生上の脅威ではなくなりましたよ」という逃げ道が用意されています。さすがですね。ただし、国際政治のそうした「ずるさ」を差し引いても、「エイズが存在しない世界」や「HIV陽性者がいない世界」を目標にしないことには意味があると思います。
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流行の終結にはまず、2020年までに90-90-90を実現する。これは昨年6月の国連総会ハイレベル会合でも確認された国際的な了解事項です。2030年は95-95-95で、そうなれば世界のHIV新規感染は年間20万件以下になる。現在の10分の1ですね。
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大変な成果ではあるけれどゼロではありません。UNAIDSはレッドリボンで現状を説明しています。90-90-90ならHIV陽性者の73%が検出限界以下。現状は38%です。レッドリボンの赤の部分を見ると60-80-75くらいでしょうか。
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世界が流行終結などと言い始めたのは、治療の普及による予防効果が注目されているからです。「予防としての治療」、略して「T as P」。
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U=Uは《Undetectable=Untransmittable(検出限界以下なら感染はしない)》というキャンペーンの略称です。早く検査して治療を始めれば、本人にも社会にも利益になるとして、米国は2006年に病院のOPT-OUT検査実施の方針を打ち出しました。積極的に検査を受けたくないという意思表示をする人以外はすべてにHIVのスクリーニング検査を行うという方式です。
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日本ではどうか。私はお勧めできないと思いますが、導入を求める声もあります。もうひとつ、予防に関する最近の話題はPrEPです。
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HIVに感染していない人が、HIV治療薬を毎日、服用すれば、感染を予防できる。これがPrEPの考え方です。誰でも、というわけではなく、あくまで「相当のHIV感染リスクを持つ非感染者」が対象です。

エイズ予防指針と性感染症予防指針の見直しを検討しているエイズ・性感染症に関する小委員会では「相当の感染リスクを持つ人々に曝露前予防投与を行うことが適当かどうか研究を進める」といった方針になりそうです。
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エイズ動向委員会報告は2007年まで右肩上がりで報告数が増え、その後はほぼ横ばいです。数字で示すとこうなります。
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エイズの流行に対する世の中の関心はあまり高くありません。社会的関心の低下は感染の拡大要因の一つなのですが、それでも国内の新規HIV感染者、エイズ患者報告は2007年以降、年間1500件前後の状態で持ちこたえてきました。NGO、NPOの持続的な活動の成果が大きいと私は考えています。

世界人口を70億、日本の人口を1億で計算すると、90-90-90達成時の日本の新規HIV感染件数は7000件余り、95-95-95だと3000件弱になります。

あれあれ?と思いませんか。

年間の新規HIV感染者・エイズ患者報告数はこの10年、ずっと1500件前後で推移しています。こうした状態が続いているということは、実際の感染件数も報告にかなり近いのではないでしょうか。

新規感染に限定すれば日本はすでに「流行終結」のレベルを下回っているし、エイズによる死者も少ない。つまり、この2つの指標からみれば、日本ではすでに「流行終結後の社会」が実現していることになります。

先ほどの「エイズ流行終結」の定義を箇条書きにしてみました。
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繰り返しになりますが、「流行終結」が目指すのはHIV陽性者がいない世界ではありません。

HIVに感染している人も、していない人も安心して社会生活を続け、感染を心配する人が検査を受けやすくなるような条件を整える。そのことによって流行が「公衆衛生上の脅威」とならない状態を維持していく世界です。「排除」や「撲滅」といったスローガンとは対極にある世界といってもいいでしょう。
UNAIDSが昨年7月に発表した『予防ギャップ』報告書によると、世界全体の成人の年間新規感染者数はこの5年間、200万人前後でほぼ横ばいのままです。治療の普及にもかかわらず、期待したほど「T as P」の成果は現れていません。時間がかかるのかもしれませんね。

一方で、最近の世界の動きを見ていると、さまざまな場面で「排除」の選択を待望するような雰囲気が強くなっている印象も受けます。そうしたことがHIV/エイズ対策にも影響しているのかどうか、私には分かりません。分からないけれど、そうかなとも少し感じています。

治療の進歩は重要です。HIVに感染している人にも、感染している人を含めた社会にも、その進歩が予防につながることを歓迎しない理由はありません。

ただし、治療の進歩を活かすには、必要な人に必要な検査と治療を届ける条件を整えていくための「支援」が大きな意味を持っています。『予防ギャップ』の存在は、そのこともまた示しているのではないでしょうか。

「T as P」の停滞は、「S as P」、つまりSupport as Prevention(予防としての支援)の重要性を再認識するきっかけにもなっています。

治療で感染が減るのだから、支援などもういらないというわけにはいかない。ごくごく当たり前のことですが、それに気づくのに5年もかかったのです。

エイズの流行は終わったわけでも、過去のものでもありません。治療の進歩は重要です。予防対策にも大きな影響を与えています。

ただし、そのメッセージが「エイズはもういいだろう、治療もあるし」といった社会的雰囲気を広げてしまうことになると、それは逆に負の効果をもたらし、流行の拡大要因になるリスクもはらんでいます。

S as Pはずっと前から、最も費用対効果の高いHIV/エイズ対策でした。様々な立場の人がそれぞれの立場を生かして参加してきたし、過去形でなく現在進行形でいまもそうであり続けている。長いエイズ取材の体験を経て、いま改めてそのことを感じています。

最後にポスター2枚と参考文献を紹介しておきます。
ポスター1、ポスター2
参考資料

2017年5月28日ぷれいす東京活動報告会にて

宮田 一雄 ジャーナリスト/産経新聞特別記者(当時)

ジャーナリスト、産経新聞特別記者(当時)。長年、AIDSやHIVなど感染症の取材を続けており、特定非営利活動法人AIDS&Society研究会議、公益財団法人エイズ予防財団の理事も務める。著書に『世界はエイズとどう闘ってきたのか』(ポット出版)ほか。

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