ぷれいすコラム

今こそ!“Living Together” ~STAY SAFE のためのストレス・マネジメント~

野坂 祐子 大学教員/臨床心理士

ぷれいすコラム「今こそ!Living Together」新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、日常生活に影響するようになって2ヵ月余り。いや、もう3ヵ月以上に及ぶという人もいるだろう。そう、感染症は「みんな」の危機でありながら、その困難さは「それぞれ」異なる。時間が経つにつれ、さまざまな格差が生まれ(あるいは元々あった不均衡が目立つようになり)、人々のニーズもバラバラになっていく。ウイルスの恐怖や不安より、社会への不信や不満がどんどん大きくなっているのが現状だ。

当初の「未知の病い」に対するパニックは、ほどなくして「自粛要請に従わなかった不届き者の病い」もしくは「医療現場という穢(けが)れ」への攻撃や排除と化した。まるで、感染者こそが悪であり、ウイルスが不浄なものであるかのように。でも、ウイルスは人を選ばない。だれもが感染しうるもの。そして、人はすでにウイルスと共生している。だから、特定の人や行動、場所を「社会の外へ追いやる」のではなく、むしろリスクがある人こそ、社会から切り離されないように「社会のなかに招き入れる」べきなのだ。

COVID-19を取り巻く社会の状況は、まるでHIV/AIDSの歴史と現状をみているようだ。「未知の病い」なんかじゃない。繰り返されるパニックと差別には、もううんざり。でも、私たちにはHIV/AIDSを通して学んだ智慧と経験がある。

「新しい生活様式」なんていうけれど、要は“Living with COVID-19”ってことでしょう? “Living with HIV/AIDS”で暮らしてきた私たちには、ちっとも「新しい」ことじゃない。

安心するには、正しい知識が不可欠。だから、COVID-19についても正確で新しい情報を周知する。そして、より安全(safer)な行動を(知っているだけでなく)選択できるようにする。そのためには、国や自治体による生活保障が必要。どんな人も好きでリスクのある生活を送っているわけではないし、それしか選べない状況は自己選択とはいわないからだ。感染した人への偏見やバッシングがあれば、不調なときでも休めなくなり、相談や受診がためらわれ、健康を守る行動がとれなくなる。たとえ十分注意しても、だれでも病気にかかることはある。それはあたりまえのこと。だからこそ、だれもが安心して治療やケアを受けられる社会をめざすのが“Living with…”のビジョンである。

とはいえ、“Living with COVID-19” にはストレスがつきものだ。「コロナ疲れ」と呼ばれるけれど、STAY HOMEに飽きたという単純なことではない。HIVポジティブの人にとっては、感染症には過敏にならざるを得ないし、医療機関の状況も気がかりだろう。マイノリティの人が居場所を失うことは、ウイルス以上のリスクにつながる。コミュニティの支援者にとっても、物理的距離をとりながらサービスを提供するのは、工夫や努力だけでは限界があり、社会的支援や保障が求められる。もどかしい思いをかかえている人々はたくさんいるだろう。

ストレスを軽減するには、原因となるストレッサーを解消するか、ストレスによる自身の影響(ストレス反応)をやわらげるか、ふた通りのアプローチがある。COVID-19のように、ストレッサーをなくすのが現実的ではない場合、自分の反応を見直すことで、心身をよい状態(well-being)に保つことができる。こうしたストレスの調整は、ストレス・マネジメントと呼ばれる。いつでも、どこでも、ひとりでもできる方法だから、どんな人にも役に立つ。

ストレス・マネジメントのポイントは、まず、自分の心身の状態に気づくこと。からだの調子や気分に注意を払う。無理に気分を変えなくてもよい。不安やイライラをがまんしたり、感じないようにするのではなく、むしろ「あんなことがあったのだから、気分が悪くなるのも当然だ」と受け入れる。そうすると、ほかの気持ちにも目が向くはずだ。「このイライラは、怒りだけでなく、心配や焦り、悲しみや孤独感なのかもしれない」と。自分の気持ちがみえてくると、「あいつのせいだ!」と怒りを向けていた対象のことは、あまり気にならなくなるものだ。自分の気持ちをいたわり、自分を思いやろう。これはわがままではない。自分の気持ちを野放しにして、だれかにぶつけたら、それはわがまま。あるいは、自分の気持ちをなだめるために自分自身を傷つけると、それは新たなストレッサーになる。

ちょっとした対処法をたくさんとるのもポイント。「一息入れる」とか「息抜きをする」という表現があるように、ストレス・マネジメントでは“呼吸”が重要である。ストレスを感じているときは、呼吸が浅く、速くなり、ときに息を詰めている。それがますます緊張を高めていくので、意識して呼吸を深くしてみよう。できるだけ、ゆっくり、長く吐くように。ついでに、からだも動かしてみる。無意識にやっていることも多いが、意識的に取り組むとより効果的である。

ストレスのある状況では、大きな決断を下したり、根本的な解決を図ろうとしない。悩んだら、より安全(safer)なほうを選ぼう。STAY HOMEで、パートナーの圧力を感じたり、居心地の悪さを覚えたりするなら、LEAVE HOME(家を出る)を選ぶ。ウイルスより、暴力のほうがずっと危険なのだから。もし、ひとりでいるのが寂しいなら、より安全(safer)なつながりを探そう。だれといるのが安全か。どんなセックスならセーファーか。セックスよりも安全なふれあいはあるか。ストレス・マネジメントの最初のポイントに戻って、「人恋しさは、何を求めているんだろう」と考えるのも助けになる。

うつ病やトラウマの症状がある人は、より慎重に、たっぷりと自分をケアしていくこと。気分がひどく落ち込むときは、なにか「きっかけ」があるかもしれない。COVID-19の報道やSNSの情報のなかには、HIV/AIDSに対する暴力的なメッセージとよく似たものがたくさんある。それが引き金になって、過去のつらい場面を思い出してしまうこともあるだろう。テレビやパソコン、スマホから離れよう。「今は、あのときと違う」と声に出してみてもよい。「今」を思い出させてくれるものを手元に置いておくと、マネジメントがしやすくなる。

不安なときは、つい「安心」を求めてしまいがちだが、社会全体がパンデミックの危機にみまわれ、生活の基盤がゆらいでいる今は、「安心」よりも「安全」を優先すべきである。なによりもSTAY SAFEでいること。不安なとき、アルコールや薬物を使うことは「安心」できるが「安全」ではない。寂しいとき、人肌に触れることは「安心」するが「安全」のためにはコンドームが必要。これも、“Safer Sex”の考え方とまったく同じ。

COVID-19は、ウイルスの問題ではなく、社会の病いである。
今こそ、改めて“Living Together”――ウイルスをもっている人も、そうじゃない人も、僕らはすでに一緒に生きている。
これからも、つながっていよう!

ぷれいす東京NEWS2020年6月号より

野坂 祐子 大学教員/臨床心理士

野坂祐子さん

(のさか さちこ)大阪大学大学院人間科学研究科 臨床教育学講座・准教授、公認心理師・臨床心理士。児童福祉領域を中心に、トラウマや性の健康に関する研究と臨床活動を行う。特定非営利活動法人ぷれいす東京のネスト・プログラム『ストレス・マネジメント講座』を担当。著書に『トラウマインフォームドケア:“問題行動”を捉えなおす援助の視点』(日本評論社)ほか。

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