ぷれいすコラム

新型コロナとエイズ:似ているところと違う所

高田 昇 おだ内科クリニック(広島市)

ぷれいすコラム「新型コロナとエイズ:似ているところと違う所」★ 新型コロナと私の生活
 定年退職後の再雇用も終わり、非常勤医師として健診医そしてクリニックでのHIVの外来診療をしています。そこに降って沸いた新型コロナ。「何じゃこれは? これからみんなどうなるんだ?」と驚きました。特に無症状の人からの感染がかなりありそうとわかったときは「まずいなぁ」でした。新しい病気です。HIV感染者の診療をしている医療者として勉強しないわけにはいきません。2月以来、英文医学雑誌のネット版を中心に勉強生活がスタートしました。

 なお新型コロナは俗称です。SARS-CoV-2は原因のウイルスで、COVID-19は病気の名前です。HIVとエイズの関係です。

★ とにかく早すぎる
 この病気の一番の特徴は、とにかく早い。感染拡大の速度、症状の移り変わりも早く、理解不十分なままで状況が動きました。最初に知ったのは1月上旬の中国武漢での肺炎の報告。その後中国から原因ウイルスの遺伝子情報が伝えられ、国内でもPCR検査ができるようになりました。政府は1月28日新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を指定感染症に定めました。この時からこの病気は保険医療で診る病気ではなく、行政が管理する病気になりました。2月3日に集団発生のクルーズ船入港で大騒ぎになりました。わずか8ヶ月しかたっていませんが、8月2日現在、世界で累計1800万人の確認感染者、69万人の死亡者数です。
 一方、エイズは病気が記録されたのが1981年、原因ウイルスの発見が1983年、抗体検査が1985年、遺伝子検査が導入されたのは1996年でした。その間に感染が拡大し、これまで世界で累計3000万人以上の死亡者になりました。これに対し世界規模の取り組みと治療薬の進歩により、2018年は1年の新規感染者数170万人、死亡者数77万人まで減少しました。生存中の感染者数は3790万人です。

★ 情報がハンパじゃない
 発信される情報の量と速さも膨大です。新聞やテレビ以外に、PCやタブレット、スマホなどがあります。中にはフェイクニュースもあり、信頼できる情報はどれか、取捨選択も受け手が決めなければなりません。私は文献の二次情報を含め毎日50件ぐらいの情報をチェックしていますが、2-3時間ぐらいかかります。ところでトランプ大統領はいつも間違った情報を流すのでびっくりです。「消毒薬を患者に注射したらどうだ」と記者会見で話し、誤用や相談が殺到したとのこと。
 私は1980年頃に血友病診療をしていたので、エイズの話題が始まった頃から1990年の半ばにかけて、信頼できる情報さがしで大変苦労しました。家族に血友病患者がいることで学校や近所づきあいが難しくなった人たちもいました。英文の医学雑誌の目次集を探し、選んだ文献の複写依頼をして正確な情報をつかむ努力をしました。その後、急速にネット時代となりました。信頼できる情報源を持っておくことが大切です。

★ SARS-CoV-2とは
 コロナウイルスは1930年代にニワトリで発見され、ヒトでは風邪症候群で1960年に発見されました。すでに研究が進んでおり構造と機能などが詳しくわかっていました。
 つまり(1)遺伝子はRNAで、内側の殻(カプシド)と、外側の脂質二重膜(エンベロープ)という構造であること、(2)スパイク蛋白(S蛋白)が鍵の役割で、細胞表面のACE2受容体という鍵穴があれば感染すること、(3)ACE2は鼻腔、口腔、気道上皮の細胞にあるので、最初に呼吸器系の上皮細胞が感染すること、(4)増えたウイルスは主に鼻水、くしゃみ、唾液など気道分泌物が人から人への飛沫感染を起こすことです。ウイルスは局所で抑えられないと血液の中に流れ込み、全身に広がります。SARS-CoV-2はヒトの遺伝子には潜り込まないので、感染細胞が死滅すれば体内からいなくなる治癒となります。消毒には弱いです。
 HIVは発見も病態解明も時間かかりました。ウイルスの外側にあるgp120という糖蛋白が鍵で鍵穴はCD4とCCR5(とCXCR4)と言う受容体。受容体を持っている細胞は免疫細胞なので、やがて免疫不全を起こします。感染経路は血液感染、性感染、母子感染とかなり違います。HIVはヒトの遺伝子に組み込まれるので、感染細胞が受け継がれて自然治癒は望めません。
 
★ 病気の自然歴がだんだんわかってきた
 感染した人がどのような経過を辿るか、ボンヤリとわかってきました。色々なパターンがありそうです。感染しても無症状やごく軽い症状で気づかないうちに治る人。発熱や咳など症状が出るけど我慢していたら治る人。以上は検査がないので診断されません。発症してPCR検査を受けて感染者とわかるが治る人。無症状だけど濃厚接触者として検査を受けて診断される人。発症後に自分の力で軽快する人。重症化して死亡する人。軽快したけれど頭痛や倦怠感や呼吸困難など後遺症のために元の生活に戻れない人。
 それぞれの状態の人が、どれぐらいいるのか、どうなるのか、遺伝子検査、抗原検査、抗体検査などを組み合わせてこれから推定されるのでしょう。重症になる人、死亡する人、後遺症に苦しむ人を減らすことが重要です。これまでの抗体検査の結果をみると実際の報告感染者数の10~20倍の人がすでに感染してしまったようです。

★ 診断と治療そしてワクチン
 COVID-19は指定感染症であるため、診断がつけば検査も治療も経費は行政が負担します。ここは論議の的になっているところです。私は検査の要否については第一線の診療医師の判断にするのが良いと考えています。
 治療はウイルス増殖と、過剰な免疫反応(サイトカインの嵐)のコントロールを、局所療法/全身療法を組み合わせて管理することです。抗HIV薬、抗マラリア薬など既存の薬の転用の可能性は臨床試験で否定されました。ファビピラビルやレムデシビルの効果も限定的です。ステロイドやトシリズマブなどを必要に応じて使うことになります。
 COVID-19から回復した元患者の血漿を採取し、患者に輸注するとウイルス量が減ります。血漿中の中和抗体の効果だと考えられます。これをヒントに海外では免疫グロブリン製剤や、モノクローナル抗体製剤の開発が進んでいます。
 ワクチンで抗体を作らせ感染を予防するのは大きな期待です。一方、元患者の抗体活性が早く消えてしまうことがわかり、ワクチンに懐疑的な意見もあります。ただ一度覚えてできた抗体は、再度刺激を受けるとすぐに生産開始できるものです。またワクチンで細胞性免疫も誘導されるので、最近始まった大規模の臨床試験の結果に期待して良いと私は考えています。
 HIVに対するワクチンや免疫療法は、膨大な研究が続けられているのに成功していません。相手が免疫細胞に感染しているので、感染していない細胞と使い分けるのが難しそうです。

★ 外来診療はどうなっているのか
 これまでの多くの研究で、きちんと治療を受けているHIV感染者がSARS-CoV-2に感染しやすいとか、病状が悪化しやすいという報告はありません。しかしCOVID-19悪化の因子として、男性、高齢、高血圧、糖尿病、肥満、肺気腫、喫煙などがはっきりわかっています。
 一般的な傾向として治療薬もワクチンもない現状で、受診先の医療機関で感染するのを恐れ、受診を控えて原病が悪化する人が増えているそうです。高血圧、糖尿病、脂質異常症は自覚症状がありませんが治療を中断してはいけません。タバコはやめて下さい。医療機関側も慢性疾患の処方日数を長期にするなど、患者の受診間隔は延びています。重大な合併症がないHIV感染者では90日処方がほとんどですが、新幹線利用など県境を越えて通院するひともいます。
 政府は以前から検討していた「オンライン診療」を進める方向に舵を切りました。テレビ電話など通信デバイスを使った、診断、処方、支払い、薬の宅配が行われます。

★ またも偏見と差別か
 不安で恐怖の対象を避けたいと思うのは人間の本能です。しかも実態が見えず、自分に迫ってくると感じると怒りとなり、怒りの対象に対してダメマーク(烙印)をつけてバッシングをしてしまいます。怒りの感情を正しくコントロールできないのです。
 新規の患者発生が報告されると、当事者を探し出して感染を責めたり、関係者の社会参加を拒絶するような問題が発生しています。二重の苦しみです。兵庫県では患者受け入れ経験がある医療機関の半数近くが誹謗中傷を受けたという報告があります。また「人との接触を8割減らす」ことを呼びかけた西浦 博先生も脅迫を受けて警察の保護を受けたこともあるそうです。私は西浦先生は第1波を抑えた第1の功労者だと思っています。
 エイズでは医療/介護機関での受け入れ拒否例が今でも続いています。具合の悪いことに当事者も烙印を受け入れてしまうことがあり、病気の上にさらに大きな苦しみと悲しみを与えます。

★ J-AIDSがJ-COVIDになってしまった
 J-AIDSは20年以上続くエイズに関するメーリングリストです。基本的には個人同士のメールですが、共通の郵便箱に投稿すると、会員全員に届くという単純なしかけです。最近はCOVID-19の話題が多く配信されています。エイズと新型コロナは全然違う病気ですが、比べるとかなり興味深いです。世話人は私です。参加希望者は私にメールを下さい。[ noborutakata☆gmail.com(☆を@に変えてください)]

ぷれいす東京NEWS2020年8月号より

高田 昇 おだ内科クリニック(広島市)

高田 昇さん

(たかた のぼる)元大学教員/医師。現在は広島市内のおだ内科クリニックの非常勤医。被爆2世。1980年当時、広島大学病院の血液内科で血友病診療を担当。治療に使用した血液製剤が海外の供血者由来であったため、1986年に患者の4割がHIVに感染したことが判明。同院輸血部に異動後、1997年から中国四国ブロックエイズ拠点病院の責任者を担当。2010年より看護系大学の教員、2016年より中電病院臨床検査科、2012年より現職。著書に『よくわかるエイズ関連用語集』(中四国エイズセンター)。

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