ぷれいすコラム

「くすり」と今年のエイズ学会

桒原 健 一般社団法人 日本病院薬剤師会 専務理事/第34回日本エイズ学会学術集会・総会 会長

ぷれいすコラム「くすり」とA今年のエイズ学会

薬と治療

おそらく、古来より人は、ある食べ物を食べて、下痢をしたとか、吐き戻してしまったことなどを経験しながら、食べられる物を取捨選択してきたのではないかと思います。これは薬にも言えることで、草や木など身近にあるものを使い、その経験からどんな病気に効くのかを体系的に整理して、薬として用いてきました。

現在、法律で規定されている「医薬品」の定義を要約すると、「病気の診断、治療又は予防に使われ、身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物」となります。例えば、痛み止めの薬なら、薬を飲んで痛みが消えると、薬が効いたことが実感できると思います。血圧を下げる薬なら薬を飲み始めて血圧が下がると、効果は確認できますが、高血圧治療の目的は、高血圧に伴う脳卒中・心不全・冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)などを予防し、さらにそれらが進むことを防ぐことにあります。高血圧による自覚症状は、普通はありませんので、血圧を下げてもあまり実感はないと思いますし、結果として脳卒中にならなかったことを実感することもないと思います。抗HIV薬はウイルスが体の中で増えることを抑える薬です。特に症状が出ていない状態で治療を始めた場合、結果として、日和見感染を発症しなかったことを実感することはないと思いますので、高血圧治療に似ていると思います。

新薬の開発

通常、1つの薬を開発する期間は9~17年、費用は200~300億円と言われています。対象となった候補物質の多くは、開発途中で断念されるなど、新薬の開発はとても難しいとされています。最近の新薬開発の傾向は、抗がん薬や難病といわれるような、患者さんの数が少なく治療法も確立されていない病気の薬の開発に変化してきていると言われています。高血圧の治療に使う薬のように、現在、副作用も少なくて飲みやすい薬が出ている疾患も、今後、新しい薬が登場する可能性は低いと思われます。現在使われている抗HIV薬は、完治する薬ではありません。全世界の患者数を考えると、C型肝炎治療薬のように完治する薬を開発すれば、莫大な利益を得ることができるため、製薬企業や研究者は完治を目指して新薬開発に力を注いでいると聞きます。

薬の値段

新しい薬の値段を決める方法は、大きく分けて2つあります。1つ目は、同じ病気に対して同じような効果を持つ薬がすでにある場合は、その薬の1日分の値段を基準にして新しい薬の値段を決めます。ただし、新薬が従来の薬よりも、さらに有効性や安全性に優れていることが認められた場合は、価格が上乗せされることもあります。同じような薬がない場合、2つ目の決め方を使います。製造原価や販売費、営業利益、流通経費などを積み上げて値段を決めます。ちなみに抗HIV薬の場合は、最初に承認されたAZTを参考にして、その後の薬の値段が決まってきました。数年前に話題になった抗がん薬:オプジーボは、元々患者数の少ないがんの治療薬として値段を決めたので、高い値段がつきました。その後、適応が拡大されて対象となる患者数が増えたので、大きな問題になったことは記憶に新しいところです。

ジェネリック医薬品

ジェネリック医薬品は、新薬の特許期間が切れた後、同一の効果があるとして国の承認を受けて製造される安価な薬です。欧米では一般名(generic name)で処方される事から、ジェネリック医薬品と言われています。開発にかかる期間が新薬と比べて短い分、費用が安くて済むため価格を安くすることができます。ジェネリック医薬品が初めて薬価収載される場合、先発品の5割から4割の値段になります。高騰する医療費を抑制するため、国はジェネリック医薬品の普及を推進しています。抗HIV薬ではエプジコムの後発品:ラバミコムだけがジェネリック医薬品として販売されています。ジェネリック医薬品の効果や安全性は先発と同じです。ぜひ、多くの方に利用していただいて、医療費の抑制につなげられればと思います。

今年のエイズ学会

今回の学会は、当初、2020年11月27日(金)から29日(日)の3日間、幕張メッセ国際会議場での開催を予定していましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴い、慎重に検討を重ねた結果、Web開催に変更いたしました。テーマは「進化を続ける抗HIV薬~Prevention, Treatment, and Beyond~」です。現地開催であれば会場や時間等の制限がありますが、Web開催の場合、特にオンデマンド配信の場合は、シンポジウムの数の制限がなくなることから、例年の2-3倍にも上るシンポジウムや、緊急企画としてCOVID-19とHIVに関連するシンポジウムなど、プログラム委員会の先生方のご協力で、数多くの企画をご用意いたしました。これを聞けばHIV/AIDSのすべてがわかる教育講演!もございます。
抗HIV薬は治療から予防へと拡がりを見せています。そして、その先に拡がる未来の姿にも、今回の学会では触れていただくことが出来ると思います。抗HIV薬は今後さらに長時間作用型へと進化し、その先の未来で、近い未来で、”Cure”が実現することを願っています。多くの皆さまのご参加を、心よりお待ち申し上げております。

ぷれいす東京NEWS 2020年11月号より

桒原 健 一般社団法人 日本病院薬剤師会 専務理事/第34回日本エイズ学会学術集会・総会 会長

桒原 健さん(くわはらたけし)昭和56年北陸大学薬学部卒業、数施設の国立病院、厚生省勤務を経て、平成7年より国立大阪病院、平成9年よりHIV感染症を担当。抗HIV薬の血中濃度に関する研究班、抗HIV薬と副作用と服薬に関する研究班等の臨床研究に関わる。平成21-24年日本エイズ学会理事。国立循環器病研究センター、国際医療研究センター等を経て平成30年定年退職。平成30年6月より現職。今年開催される第34回日本エイズ学会学術集会・総会の会長を務める。

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