ぷれいすコラム

専門医療機関から地域へ―問われる課題 ~「HIV陽性者の健康と生活に関する全国調査」の結果から~

若林 チヒロ 埼玉県立大学 健康開発学科 健康行動科学専攻

ぷれいすコラム「専門医療機関から地域へ―問われる課題」私たちは2003年から約5年毎に、厚生労働省科学研究費の助成を受けて全国の拠点病院に通うHIV陽性者を対象とした「健康と生活に関する全国調査」を実施してきました。健康状態や受診・服薬などの健康管理、メンタルヘルスや生活上の課題、仕事や余暇生活、人間関係、情報、エイズ対策評価など広範な内容を尋ねています。本稿では、医療や介護サービスの利用に視点をあてて結果をご紹介します。

HIV治療の受診先をどう選ぶ?
HIV感染症の医療は、1996年の薬害エイズ訴訟の和解により被害者の救済策として体制が整備され、全国の地域ブロックと各都道府県に指定されたエイズ治療拠点病院で主に行われてきました。しかしこの数年は、東京都や大阪府、愛知県、広島県などにHIV感染症を専門に診るクリニックが開設されるようになりました。主な受診先をこれらクリニックにする陽性者も増えていることから、本研究班では今回初めてHIV専門のクリニックに通う陽性者も対象に調査を実施しました。

HIV治療の主な受診先を選択した理由について、エイズ治療ブロック拠点病院(以下「拠点病院」)を受診している人と、HIV専門クリニック(以下「クリニック」)を受診している人の回答を比べたところ、拠点病院に通っている人では、「感染が分かった際に紹介されたから」(56.5%)、「HIVの医療体制が充実しているから」(55.1%)、「スタッフが充実しているから」(29.7%)、「HIV以外の医療体制が充実しているから」(25.3%)の順に多く、これらの項目はクリニックで受診している人よりも高い値を示していました。一方、クリニックに受診している人では、「診療時間や曜日が都合がよい」(66.4%)、「場所が都合がよい」(59.1%)、「雰囲気や話しやすさ」(54.1%)を評価している人が多く、これらは拠点病院で受診している人よりも高い値を示していました。拠点病院に受診している人では、HIV感染症以外の医療体制も含めた”ハード面”をより高く評価しており、クリニックに受診している人では、受診アクセスの良さや話しやすさといった”ソフト面”をより高く評価していることがわかります。

また、「HIV関連の病気を治療するため」は拠点病院(18.8%)の方がクリニック(9.8%)に比べて高く、「HIVの健康状態が安定しているから」ではクリニック(17.9%)の方が拠点病院(9.6%)に比べて高くなっており、ご自身の健康状態によって受診先を選び分けている面もあるようです。

HIV感染症は、定期的な受診機会を確保できれば健康を回復できるようになっていることから、働く陽性者にとっては仕事とのバランスをとりながら通院できる医療体制へのニーズがより強く求められていくでしょう。

地域生活の課題を問われているのは誰か?
ブロック拠点病院調査の回答者の年齢層は、50歳代が25.1%、60歳代が12.1%、70歳以上が3.6%を占めていました。HIV陽性者の余命は一般と違わないレベルまで延伸していることから、高齢の陽性者は増えていくでしょう。仕事を退職後には、地域を主な生活の場として医療や介護サービスを利用する人が増えていくでしょう。

これまで日本のHIV医療はエイズ治療拠点病院やHIV専門のクリニックにほぼ限定して提供されてきました。そこではセクシュアリティへの偏見やメンタルヘルス上の困難など陽性者が社会生活で被りやすい状況や背景を知る医療者によって、プライバシー保護をはじめ様々に配慮された環境で医療が提供されてきました。今後、居住地域に場を移して問われるのは、地域の行政や医療福祉施設、そこで働く職員や地域生活を共にする市民の対応です。

本調査で、介護サービスを利用するにあたって心配なことを尋ねた項目では、「費用」(79.4%)が最も高く、「HIVに関するサービス提供者の理解」(50.8%)、「HIV感染症治療へのアクセス」(40.8%)、「個人情報・プライバシーが守られるか」(35.4%)、「セクシュアリティに関するサービス提供者の理解」(28.9%)などが指摘されています。これら陽性者の不安に地域社会はどのよう向き合っていくのかという課題を提示しています。

本調査では、この他にも社会生活での課題を様々に尋ねていますが、その多くは陽性者自身が解決することではなく、彼らをめぐる社会の側が取り組むべき課題です。HIVだけでなく他の様々な病気や障がい、セクシュアリティなどでも同様に、誤解や偏見、既存のイメージの払拭などに向き合う市民の側、社会の側の姿勢が問われているのだと思います。

調査の方法
エイズ治療ブロック拠点病院調査は、全国の8地域ブロック拠点病院(九州地域ブロック以外)に通うHIV陽性者を対象に、1930票配布、1185票回収(回収率61.4%)。HIV専門クリニック調査は東京都内の2つのクリニックに通うHIV陽性者を対象に、625票配布、358票回収(回収率57.3%)。医療者から調査票を配布してもらい、本人が調査事務局へ郵送して回収する方法。2019年9月~2020年5月実施。結果は「地域で生活するHIV陽性者支援のサイト」を参照。

HIV医療機関の選択理由ーブロック拠点病院とHIVクリニック

介護サービスを利用するにあたって心配なこと

ぷれいす東京NEWS 2022年3月号より

若林 チヒロ 埼玉県立大学 健康開発学科 健康行動科学専攻

若林チヒロさん埼玉県立大学健康開発学科健康行動科学専攻の教員。1990年代初頭にHIV陽性者との関わりから、HIV陽性者向け健康と生活に関する情報提供活動を始め、薬害エイズ被害者団体やぷれいす東京などで陽性者の生活研究に参加。

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