ぷれいすコラム

「エイズを終わらせる」? それとも「共に生きる」?  持続可能な開発目標(SDGs)の下での世界のエイズ対策はどこへ

稲場 雅紀 アフリカ日本協議会

「エイズのない世界」:今から7~8年前、たしかジュネーブでこの言葉を聞いて、違和感を覚えたのを思い出す。日本でエイズに取り組むとき、私たち市民社会や当事者運動のビジョンは「共に生きる」であり、「エイズを終わらせる」ではない。しかし、世界のエイズ対策は、十分な一貫性を伴わない中で、「エイズを終わらせる」という方向に向かっているように見える。

9月25日、ニューヨークで開催された「国連ポスト2015サミット」で、来年から2030年までの世界の開発や環境の取り組みの目標となる「持続可能な開発目標」(SDGs)が採択された。この新目標は、世界を「持続可能」にすることを目的にしているが、どういうわけか、感染症に関するターゲットだけは、「2030年までにエイズ・結核・マラリアおよび顧みられない熱帯病を終結させる」と、とにかく「エンド」にこだわるのである。

「エンド・エイズ」が主流化したのは、2011年の国連エイズ・ハイレベル会合である。ここで「新規感染ゼロ、差別ゼロ、エイズ関連死ゼロ」という「3ゼロ」目標が提示、「2015年までに母子感染ゼロ」の大方針も示された。さらに2012年、「早期のエイズ治療導入で、HIV陽性者とHIV陰性者のカップルの96% でHIV 感染を防ぐことができる」という研究結果が発表、「治療=予防」が主流化した。国連合同エイズ計画(UNAIDS)は、「2020年までに、HIV陽性者の90%を検査し、その90%を治療し、その90%のウイルス量を検出可能値以下に下げる」という「90-90-90」目標を打ち出し、アフリカ諸国などでは、援助機関や政府が旗を振って、母子感染予防を軸に、「治療=予防」の考え方に基づくプロジェクトが相次いで開始されている。

何かを忘れていないか、と思う。忘れられているのはコミュニティだ。エイズ治療薬は一生飲み続けなければならないが、貧困国の現場では、治療薬を飲み続けるのは大変だ。十分に食べられず副作用が強く出て、治療を続けられない、公的医療機関による横流しで薬の品切れが日常茶飯事である、等々、問題は山積だ。一生に渡る治療継続には、コミュニティによる動機づけと強い保健システム構築が欠かせない。では、コミュニティ形成の努力は十分に報われ、投資されているのか? そうではない。中所得国以上の国では、外部からの援助資金の撤退とともに、エイズ対策が、各国の保健予算の範囲内で行われる公共の保健・医療制度に統合され、MSMやセックスワーカー、ドラッグユーザーなど、対策のカギとなるコミュニティでの予防やケアの取り組みは弱体化する傾向にある。国会での議論の結果、薬物使用によるHIVへの公的資金拠出ができなくなった国もある。また、TPPなど自由貿易協定による、医薬品特許強化の流れも、貧困な国でのエイズ治療の拡大を困難にしかねず、懸念材料となっている。

エイズに取り組む国際的な市民社会は、より積極的なエイズ対策を、と常に大声を上げてきた。しかし、アフリカ、アジアの現場でエイズに取り組む関係者たちをはじめ、「エイズを終わらせる」性急な流れへの違和感を表明する人たちが徐々に増えてきているように思う。実際に重要なのは、たとえば治療薬を持続可能な形で飲み続けられるような環境づくりであり、コミュニティ作りを通じた持続可能な予防やケアの実現だ。

2030年に向けて国連が打ち出す新目標は「持続可能な開発目標」だ。問われているのは「持続可能性」であって、感染症対策だけが「エンド」を目標にする必要はない。「共に生きる」原点に戻り、「持続可能」な対策を継続、拡大する中で、中長期的にHIV/AIDSを克服していく戦略が求められている。そのためには、資金の出し手の意思も問われる。目先のスローガンや短期的な数字の如何で資金拠出をし、上手くいかなければ資金を減らす、といった現代の援助のトレンドは改められるべきだ。実は、「持続可能」な取り組みこそ、資金の出し手の覚悟を問うのである。

ぷれいす東京Newsletter No.87(2015年11月号)より

稲場 雅紀 アフリカ日本協議会

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