ぷれいすコラム

医療通訳の整備は 誰のために ~“国際化”のなかで取り残される現場のニーズ~

沢田 貴志 シェア=国際保健協力市民の会 副代表/港町診療所所長

東京オリンピックを前にして訪日する外国人観光客のために医療の整備を、ということが論議されるようになっている。また、日本での医療を希望する外国人に対応できるように言葉や文化、宗教の違いなどに配慮したモデル病院をつくろうという動きが始まっている。こうした議論の背景には観光産業を強化していこうという政策や、医療観光を成長産業にと期待する動きがあるのだろう。しかし、こうした外国人の来訪者のための対応が、日本に住むHIV陽性外国人にとってどの程度役立つものになるのかはまだ未知数である。

昨年一年間に、日本での医療を目的としたビザを取得した人の数は611人、一方日本に在住する外国人は200万人。多くの医療機関にとって、将来の外国人観光客への対応よりも現在の在住外国人への医療提供こそが身近な課題だろう。欧米には医療通訳の利用が義務化されている国も少なくないが、日本では医療機関に通訳を派遣する制度が整っていない。診療体制の整った拠点病院ならいざ知らず、多くの一般病院では言葉が不自由な外国人には、「言葉のわかるお友達か家族を連れてきて下さい」と対応しているのが現実である。陽性者に対する告知が、「通訳」役の職場の同僚や配偶者に先に行われてしまうという事件が後を絶たない。

さて、エイズ拠点病院やHIV の相談を受けているNPOなら既に感じていることであるが、HIV の相談を寄せてくる外国人の国籍がこの10年程で大きく変化している。そのことをはっきりと示す調査結果が昨年出た。「外国人におけるエイズ予防指針の実効性を高めるための方策に関する研究班」(仲尾班)が全国のエイズ拠点病院の協力の下に実施した調査によると、これまで上位を占めていたタイやブラジルなどの出身者がいずれも減少した。これらの国でHIV医療が大きく向上し、日本国内でも出身国側と連携した相談体制を整えてきたことなどが影響しているだろう。一方で中国、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど近隣諸国の出身者が大きく増加している。日本を含むアジア全体に流行が波及する中で、日本に在住する外国人の人口の規模にあわせて多国籍化が進んでいるのである。この結果、必要となる言語の種類が大きく増加してきている。今回の調査では、こうした通訳の確保が進んでいない国の出身者の初診時CD4がいずれも低値であることが示された。アジアでは、中国・韓国以外のさまざまな言語を話す地域の出身者が、南米では日本語のできるブラジル人よりそれ以外の国の出身者が有意に初診時のCD4が低くなっていたのである。健康保険に入れない人々で初診時CD4が低いという結果は以前と同様であったがその人数は大きく減少している。言葉の不自由な人の医療へのアクセスが遅れているということが今回の調査で極めて特徴的なことであった。この問題はHIVだけに関わることでなく外国人がさまざまな病気で医療にかかる上で言葉が大きな障害となっていることが推察される。

HIV はさまざまな障壁を抱えた人々の状況をより深刻にする。だから、障壁に阻まれる人々とともにその障壁を小さくするためのアドボカシーを進めることが重要なのである。外国人にとって言葉は、医療を受ける上での大きな障壁であるから言葉の確保が必要なのである。それはHIV陽性・陰性に関わらず、外国人の医療全体に共通する課題である。冒頭で紹介した外国人医療整備の取り組みについて私が気になることは、どれだけ外国人自身の必要性に根ざした対応がされるのかと言う点である。もしこれがビジネスの発想のみで進められるならば、英語など収益が上がる少数の言語の通訳体制がシステムとして整備され、医療の現場で必要性が高いアジア各国出身の人々への通訳がそこに含まれないという結果になりかねない。
医療の整備は基本的な人権に関わる問題であり、それは当事者達の声から出発する必要がある。外国人医療の整備に関わる人々はHIV陽性者の取り組みからこのことを学ばなければならない。

ぷれいす東京Newsletter No.86(2015年8月号)より

沢田 貴志 シェア=国際保健協力市民の会 副代表/港町診療所所長

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