ぷれいすコラム

ぷれいす東京設立20周年記念巻頭シリーズ 第4弾「ぷれいす東京20年に寄せて」

兵藤 智佳

大学で私の授業を取っている学生が授業が終わった後にそっと寄ってきた。「僕、先週、保健所でHIV検査を受けたんです。それで、もし自分が陽性だったらどうするか想像してみたんです。そしたら、なんだか怖くなってネットを見てたら『ぷれいす東京』というところを見つけて・・。先生、知ってますか?」と言ってきた。耳にはピアスが光るけど、まだ、にきびも残る童顔の彼は19歳。つまりは、ぷれいす東京が生まれたあとに生まれたということだ。「知っているけど、何が具体的に知りたい?」「もし、陽性だったとしたら、僕が行っても大丈夫かとか…」

「もちろんだよ。スタッフにはゲイの人もいるし、誰でも行けるよ」と伝えたら、ちょっと戸惑いつつも、安心した顔で帰っていった。その後姿を見送りながら「大丈夫。ちゃんとぷれいすのみんなはあなたを支えてくれるから」と心の中で話しかける。20年前に誕生したぷれいす東京の存在によって、今、背中を押される人がこんな風に私の日常の中にいる。HIV と生きることが当たり前ではなかった時代を経て、「そういう組織がそこにあり続ける」という事実が、たくさんの見えない誰かを支えている。そのことがとても嬉しい。

思えば、ぷれいす東京にかかわった20年前は、私は血気盛んな大学院生だった。「この社会はどこか間違っていて、若い女性がセックスをちゃんと語れないのは間違っていて、HIV に感染した人が差別されるのは間違っていて…」と鼻の穴を膨らませながら思っていたら池上さんに出会った。「そう思っているなら一緒にやろう」と言われて、気がついたら20年もたった。でも、私が今、思っていることも池上さんがやろうとしてきたこともおそらくそんなに変わっていない。変わっているのは、私が池上さんに言われた「性は多様でいいんだ」という言葉を、今は私がぷれいす東京ができてから生まれた若者たちに言っていることくらいだと思う。大事なことはこれまでもこれからもずっと同じだ。

そして、そんな言葉に支えられて私自身もこの20年生き延びてきた。「一人ひとりが違っていいんだ」「弱くてもそれでいいんだ」「みんなが何かを背負ってもう一緒に生きているんだ」。全部、ぷれいす東京からいつも聞こえてくる声であり、そこにかかわる人たちが大切にしてきた世界であるように思う。私もそういう価値を伝える仕事がしたいと思ってきた。

そんな私は、どうしようもなく寂しくて自分の手首を傷つける女子大生には「あなたがただ居てくれることが私には大事なんだよ」と語りかける。2011年に福島の原発事故で被曝した学生には、「自分の痛みを自分の言葉で語っていいんだ」とその一歩を押す。HIV とは直接関係なくても、そういう今の仕事を支えてくれる大事なメッセージは、全部、ぷれいす東京から学んできたのかもしれない。そして、実は自分が肯定されてきたのだと思う。

でも、世の中はどうもそういう言葉や世界を大事にしない方向へ行っているような気がする。戦争がよいとされて、強いものが勝ち、弱いものが排除される力はどんどん大きくなる。社会的なマイノリティの当事者が声をあげることのできる機会も場も増えているとは思えない。なんだか実態のない「勝ち組」といわれる空虚なものに必死にしがみつこうとする。そんな世の中では「そういうの中だからしょうがない」と何が正しいのかを感じる感性も奪われていく。そして、自分を表現する言葉はどんどん失われていき、聞こえるべき声は聞こえなくなる。

そんな中でこそ、ぷれいす東京に集う「聞こえない声を聞いている人の声」が大事なのだと思う。私を生き延びさせてくれてきた価値がそこにある。そのことは多くの人にとってもきっと意味があるはずだ。だからこそ20年という時を経て、変わらないものが続いていくことを願いたいし、そのための力となりたいと思う。

ぷれいす東京Newsletter No.84(2015年2月号)より

兵藤 智佳

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