運営委員のつぶやき

生島 嗣

生島

天気がいい日には、窓をあけて空気をいれかえる。一日の始まりに気分もちょっとだけ前向きになる。
最近、twitterでしった本のことが気になっている。それは、1994年というHAARTがまだ存在しない時代に生きた。 著名な映画監督、舞台デザイナー、作家でもあるデレク・ジャーマンの 庭に関する写真集だ。
HIV陽性であることも明らかにしていたデレク・ジャーマンは、その晩年を自宅でガーデニングに精をだし過ごしていたという。しかも、彼の自宅のすぐ脇には原発があり、その場所を選んで居を定めていたらしい。
あるtwitter記事で彼の庭についての本を知り、つい勢いで注文してしまいました。今から届くのが楽しみだ。この本の紹介記事が以下のブログにある。
デレク・ジャーマンズ・ガーデン
http://kurumigarden.blog.fc2.com/blog-entry-4.html

sakura

sakura

先月も甲状腺の話題を書きましたが、原発関係で甲状腺がんへの注目が集まる中、病態に関して間違った情報もたくさん出ている様子。
全摘出した患者さんに話を聞くと、薬を飲みながら暮らすことやきちんと服薬すれば充分働けることなど、HIVにも似た話が多く出てくるのですが、個人的 に印象的だったのは、「病気を知った後、同じ病気の人のブログに助けられた」という言葉が出てきたこと。病気を抱えながらも乗り越えて暮らしていく過程は 病気の種類を問わないのかもしれません。

矢島 嵩

矢島 嵩

あれこれ身の回りが落着きなく、活動のこと、団体のこと、自分の生活が決まらないまま、いろいろなことがない交ぜにこの数ヶ月が経とうとしています。この ご時勢に、この分野でふんばっているのがそもそも大変なことなのですが、それに加えて、やはり将来を不安に思ったり、自分の人生これで良かったのかなどと 省みてみたり、いわゆる「中年の危機」というものも重ねてやってきます。

昨晩は報告書をまとめるのに、久しぶりの徹夜をしました。でも、徹夜をしてなんと か間に合わせるという力技には若さ(体力や気力やそして無計画な楽観とか)が必要だということを思い知りました。次のステップに進むために必要なことは、 若さを取り戻すことではなかく、現状を受け入れることなのかもしれない。そんなことを朦朧とした頭で考えました。

はらだ

はらだ

大きな地震があった翌朝、ようやく動き始めた電車にのって、事務所から自宅にたどりつきました。そのときは、全体の状況が全然わかっていなくて大きな地震で大変だった・・・とのんきに思っていました。
 ところが、時がたつにつれてとんでもない状況になっていることがわかってきて、愕然としました。被災された方々や地域のことを思うと、自分になにができるのだろうと今できることを考えました。出荷することができなくなって、たんせいこめた野菜をすてざるをえなくなった農家の方の気持ちを思うと、いたたまれなくなり、せめてもと、スーパーにでている野菜を山のように買ってしまいました。亡くなられた方々のご冥福と避難されている方々の安全を祈りつつ、風評にまどわされることなく、地に足をつけて生活をし、ささやかだけれどできることをしようと思っています。
 ネストのベランダから多目的室にお引っ越ししたあじさいの鉢植えに緑の葉が芽吹いてきました。自然は脅威だけれど、元気も与えてくれると、水やりをしながら思いました。

生島 嗣

生島

日本の様々な組織が3月末で区切りをつけます。ぷれいす東京も同じです。4月1日から、新しい年度が始まります。昨年とは、ずいぶんと違った気持ちで新しいスタートを切ろうとしているように思います。

西園寺 暢綱

西園寺 暢綱

日本大震災やその余震等により、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様とそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。皆様の安全と、一日も早い復旧復興をお祈りしております。
都内に住む自分は、直接の震災の影響は受けなかったものの、地震以降体調を崩してしまい、暫く寝込んでいましたが、最近になり漸く体調も上向いてきました。
次々と起こるイレギュラー対応と次の地震への恐怖。震災前まではまさか自分がそんな事で体調を崩すとは思っていませんでしたが、実際は脆くも崩れ去ってしまいました。
今度こそは、またいつ起こるか分からない震災に、ちゃんと備えようと思います、心の準備も含めて…。

矢島 嵩

矢島 嵩

こんなときにいったい何を書けばよいのでしょう。先月、神戸に古い友人を訪ねて、いっしょに埠頭の震災メモリアルに行ったばかりでした。そのときには、ひびがはいって崩れたまま保存されたコンクリートに波が打ちつけるのを、ただ何となく眺めていました。

十代を戦争のさなかの東京で過ごし、焼け野原を経験している母は、いま80代。生きているうちにこんなことが起きるとは思ってもいなかった、昨晩、電話でそう語っていました。関東大震災で命からがら歩きつくした祖父の若いころのの話も聞きました。

何もかも失くしたと思ったのに、自分の命が残った。そのことに気づいたのは、飢えと渇きと悲しみがいくぶんかでも癒されたあとだったのじゃないか、そんなことを思いました.

“今年ばかりは”と思いつつも、やはり今年もいつものように春が来ます。一昨日、東京で開花宣言があり、桜前線は北関東へ、そして東北へ。過酷な自然と尊くも儚い命。今年ばかりはそれを思わずにいられません。

sakura

sakura

今回の震災に関連したニュースの中で、甲状腺の治療をしている方が使っているある薬が工場が被災して製造・出荷が完全に止まっているという話を耳にしました。調べてみると工場は福島県にあり、その工場でその薬については国内で使用される98%を生産しているとのこと。幸いにして数日で稼働を再開したそうなのですが、自分に必要なものはどこで作られているのか、気にすることも大事だなと思いました。

西園寺 暢綱

西園寺 暢綱

まだまだ寒い日々が続いていますが、もうすぐ春ですね。さて、今年はベランダに何を植えようか、色々思案しています。 昨年までは、ショップに行って自分でセレクトして植えてたんだけど、今年は、思い切って「毎月お届け~」という、ネット 通販で売っているやつにしようかと思っています。今までは結構バカにしてましたが、よく見てみてみたら、意外と良さそうな 気がしてきました…。なんだか毎月違う花苗が届くって、ワクワクしそうで。さて、どうしましょう!?

はらだ

はらだ

ある日の朝、腕時計をしようと思ったら、電池が終わって止まっていた。こんなときのためにというわけではないが、ふだんあまり使わないもう一つの時計をはめようとしたら、こっちも止まっている。 仕方なく、腕時計なしで出勤。その後数日、腕時計なしで過ごしたけれど、出勤前のせわしないときや、仕事をおえて、 電車にのるときなど、腕時計がないのはとっても不便。

電池交換にもっていくと、いつも1週間ぐらいかかる。これからまた1週間不便だな~と思いながら、とにかく早く交換しなくてはと、電池交換ができるとこ ろを探しながら歩いていたら、時計屋さんに「電池交換」の旗が。こんなところで交換したら高いかもと思いながら、お店にはいってきいてみた。 そしたら、「すぐできますから待っていてください。」とのこと。なんてうれしい! 料金も、ほとんどかわらないか、安いくらいでした。街の時計屋さんのよさを再発見しました。