陽性者と家族の日記

母の退院

朱美

次の土曜日、母が、退院します。

母は、家に帰りたがっていたので、喜んでます。

ただ、私は、これからの介護生活に、不安です。

介護の認定を受けて、デイサービスに行ってもらいます。

あとは、母が、自分の事を、できるかですが?

いろいろ考えても仕方ないので、成るように成るですね。

朱美

薬の宅配サ―ビス

ひろき

投薬を始めた方であれば、薬の残りを気にしたり、病院で薬を受け取るまでの待ち時間が気になるときがあると思います。イギリスで便利だなと思ったのは、薬の宅配サービス、Home Care Delivery。医者からの紹介でこのサービスが受けられます。配達してくれるのは、自宅だけでなく、最寄りの郵便局でもOK。もちろん、薬は梱包されていて、外からは何が入っているのかも分かりにくくなっています。医師とのサイクルと薬の処方のサイクルを別けることができるのは本当に便利ですね。ただし、医者に会う機会が減ってしまうことになりかねないので、逆に健康管理をするうえで悪影響になりかねない、という点もあるようです。でも選択肢はあるに越したことはありません。日本でもこういったサービスが普及するといいのですが。

コンタクトレンズを新調

ガジ

前々から自覚し始めていたけど,近場が見えづらくなってきた.
コンタクトも眼鏡も買い替えかぁ…と
数か月悩んでいたものの,まずはコンタクトをと
久しぶりにコンタクトを新調することに.

度数を弱めにしても,それなりに見やすくなったけど
遠近両用タイプにしたら,近場も似やすくなって
正直,ビックリ…

割高にはなるものの,日頃の生活の質は
グッと上がるだろうと,購入を決断.

ただ,焦点を合わせるのに,最初がコツが必要で
慣れるまでに少し時間がかかりそう.
でも,そういうのもひっくるめて,
新しいことを始めるというのは,何だか楽しいかも.

鬼の居ぬ間に洗濯

朱美

鬼は、母です。

母が、今月末までには、退院する事に、なりました。

ホッとする反面、帰ってからの生活に、不安も、感じてます。

今日は、友人をよんで、ピザを、お昼に、食べることにしました。

母が、帰ってくれば、こんな事も、できないので、鬼の居ぬ間に洗濯です。

先の事を心配するより、なるようになるで、今を、楽しむ事にしました。

朱美

梅雨入り

朱美

梅雨入りしました。

毎日、雨が、降ったり、曇ったりで、蒸し暑いです。

イヤーな季節だけど、植物は、元気ですね。

ここのところ、毎日、病院通いですが、母が、かなり元気になつたので、はげみになります。

今日は、兄が来るので、忙しいです。 ガンバ。 朱美

ばね指

ガジ

1か月ほど前から,左手の指の動きに引っかかるような違和感があって,
通院時に主治医に相談したら,「整形外科を受診してみては?」と助言さた.

改めて整形外科を受診したら,先生に
「指の腱鞘炎ですね」と言われ,
指の付け根を圧迫された時に初めて痛みを感じてビックリ.
原因と思しきものは,身に覚えがなく,正直なところ困惑気味のところ,
先生から「注射すると多くのケースで症状が軽くなります」との
助言に従い,注射をお願することに.

掌に注射されるのか初めてで,先生から「痛いですよ」と
予告を受けたが,本当に痛くてちょっと冷や汗が出たけど・・・

それから数日,指の動きがだいぶ良くなっているのものの
まだ様子見の日々.

注射で症状が良くならないと,次の対処は,切開手術らしいので
なんとか,これで良くなってほしいなぁ(^_^;)

ビワの実が成った

朱美

昨冬、花が、咲いたビワ。

実が、二つついていました。

まだ、青い実です。もう少し大きくなって、黄色くなれば、食べられるようになるのかな?

とつても、楽しみです。

母も、かなり良くなりました。ビワの事、話そうかな。

退院は、まだだけどね。 朱美

一人暮らし

朱美

母が、入院して、2週間あまり、ひとりぐらしです。

正確にゆうと、犬と一緒ですけどね。

病院には、毎日、見舞いに行ってます。

母は、帰りたがってますが、退院は、まだ無理かな。

母には、悪いけど、母と一緒の時には、食べれなかった料理を作って、
楽しみたいです。

母さん、元気になって、帰ってきてね。 朱美

ヒロシマ、ふたつのモナムール

なぎさのペンギン

広島は 僕にとっては特別な街。

最初に訪れたのは高校生のときですが、当時の自分には(幼すぎたのか)「ヒロシマ」という場所のもつ意味があまりリアルに感じられず、過去に起こった悲劇 くらいの認識しか持っていませんでした。

ずっと後になってから資料館を見て回り、”あのとき 何が起きたのか”という現実に(とはいっても あくまでバーチャルなものでしかないけれど)少しだけ触れることができ、自分の中の何かが変わった記憶があります。

何年か前には日本エイズ学会も開催され、スカラシップで参加していた僕は あらためてこの街を歩いて回りながら 1945年8月6日 午前8時15分に起こった出来事に思いをはせました。

縁あって その後 何度もこの街に足を運ぶことになるのですが….

突然ですが
「Hiroshima mon amour (ヒロシマ モナムール)」という映画を知っていますか?
50年も前に作られた白黒の古い作品ですが、反戦映画の撮影のために来日したフランス人女優と日本人男性の交流と心の葛藤を描いた心にしみる作品でした。
広島市に長期ロケをして撮りあげたことが当時 大きな話題になったそうですし、当時の広島市、というか 復興を遂げてきた戦後の日本の面影を記録した貴重な映像 という評価もされているようです。

自分にとってもふたたび”ヒロシマ”に興味をもつきっかけを作ってくれた忘れられない映画なのですが、公開当時は 日本語題がなぜか「二十四時間の情事」となっていて(不倫チックなラブロマンスみたいな印象ですよね)けげんな思いを抱いたものでした。

広島の風景同様に 印象的だったのが、フランス人女優の役を演じたエマニュエル・リヴァという女優さん。
大変に美しい容姿を備えていた方ですが、その後 映画ではあまりお目にかかることはありませんでした。
芸能界を引退し ひっそりと静かに暮らしているのかな、なんて勝手に想像していたのですが…

実は数年前、彼女は映画の撮影以来 50年ぶりに来日し、広島も訪問したのだそうです。
ロケ撮影の合間、彼女は広島市街の風景をカメラで収めていました。それは 被爆したヒロシマの姿に心を痛めているという設定だった自分の役柄を(演じる側として)より深く理解するため の手段だったのだとか….

当然のことながら それらの写真は人目に触れられず長い時間 そのまま放置されていたのですが、ふとしたきっかけで発掘され、ついには写真展が広島で開催されることになり プロモーションのために来日したということでした。
半世紀ぶりに訪れた町並みを見て 彼女は”広島は本当に復興したのだ と私は感慨無量になりました” というコメントを残しています。

それからふたたび数年後….

カンヌ映画祭のパルムドール、アカデミー賞の最優秀外国語映画賞など…そうそうたる世界の映画賞を総ナメにした映画「愛・アムール(Amour)」で 久しぶりに女優・リヴァさんの姿を見たのは 昨年のこと。
病に冒され”別人”へと変貌していくという難役を見事に表現していて圧巻だったのですが、なによりもすばらしかったのは 彼女の勇気です。
往年の美人女優という世間のイメージにあらがうように、85才の老いた等身大の自分の姿をありのままにさらけだしているその姿は 神々しくさえ感じられました。
こんな人生も あるんですねえ。

そして今年 僕にとっては2年ぶりの来広。
原爆ドームを望む歩道は新緑の木々にあふれ、川は いつものようにゆったりと流れていました。

大それたことに….
僕は 自分の中の時間とリヴァさんの50年間を勝手に重ね合わせながら 青い空を見上げたまま ひたすらに ぼーっと空想していました。

なんとなく物騒な時代になってしまった気もする… 
けれど…きょうの日の この平和が いつまでも続きますように….

母が入院しました

朱美

母が、入院しました。

先週の土曜日の事です。

ここ一月程、体調が、良くなくて、とうとう入院となりました。

母の人生で、最初の入院でした。大きな病気もせず、来れた人でした。

母のいない部屋を眺めていたら、いろいろなことが、思い出されます。

私が、どんな状況の時も、常に味方になってくれました。
この病気の事も、うけいれ、一緒に暮らして、14年あまり、無事に、家に、戻って来てくれるのを、祈るばかりです。 朱美