新しいコンセプトに追いつこう!
最近は略語だらけで訳がわからないと感じている方も多いと思います。私もそうなのですが、新聞記者なら解説できるだろうという麗しい誤解があるのでしょうね。うかうかと誘いに乗ってしまいました。題して・・・。 » 続きを読む
最近は略語だらけで訳がわからないと感じている方も多いと思います。私もそうなのですが、新聞記者なら解説できるだろうという麗しい誤解があるのでしょうね。うかうかと誘いに乗ってしまいました。題して・・・。 » 続きを読む
1981年にエイズが初めて報告されてから35年になります。この間、医療はHIV/エイズに対してスピーディに対応してきました。しかし、HIVとともに生きることを社会はまだまだ受け入れられていません。そのしわよせがHIV陽性者にのしかかります。 » 続きを読む
自分のHIV 感染を知ったのが今から24年前、39歳の時だった。その後、3つのゲイ雑誌の創刊プロデュースと編集長を務め、10年経ったところで編集の仕事から足を洗い、HIV 陽性者ネットワークJaNP+を立ち上げた。その代表の座も後継に譲り、少し都心から離れた場所に居を移そうとした時に思いもよらぬ問題に直面した。 » 続きを読む
AIDS が報告され、33 年が経過しました。この感染症が社会に与えた衝撃と対応を一臨床医の立場から整理してみました。
日本では、明治10 年から、急性伝染病者を隔離することで、国民を守る政策をとり、明治40 年には、癩という慢性感染症に対する隔離政策が定められました。 » 続きを読む
「エイズのない世界」:今から7~8年前、たしかジュネーブでこの言葉を聞いて、違和感を覚えたのを思い出す。日本でエイズに取り組むとき、私たち市民社会や当事者運動のビジョンは「共に生きる」であり、「エイズを終わらせる」ではない。しかし、 » 続きを読む
東京オリンピックを前にして訪日する外国人観光客のために医療の整備を、ということが論議されるようになっている。また、日本での医療を希望する外国人に対応できるように言葉や文化、宗教の違いなどに配慮したモデル病院をつくろうという動きが始まっている。こうした議論の背景には » 続きを読む
大学で私の授業を取っている学生が授業が終わった後にそっと寄ってきた。「僕、先週、保健所でHIV検査を受けたんです。それで、もし自分が陽性だったらどうするか想像してみたんです。そしたら、なんだか怖くなってネットを見てたら『ぷれいす東京』というところを見つけて・・。先生、知ってますか?」と言ってきた。耳にはピアスが光るけど、まだ、にきびも残る童顔の彼は19歳。つまりは、ぷれいす東京が生まれたあとに生まれたということだ。「知っているけど、何が具体的に知りたい?」「もし、陽性だったとしたら、僕が行っても大丈夫かとか…」 » 続きを読む
2005年1月、「陽性者の支援を担当したい!」と他の病院から医療ソーシャルワーカーとして転職して現職で働き始めてから、たくさんの陽性者の方々にお会いしてきました。薬害エイズ、性感染、母子感染、輸血による感染、感染経路は様々ですし、年齢・国籍・性自認・性的指向など、個人の背景ももちろんさまざまです。さまざま過ぎるので、「陽性者ってこんな人です」と言うことができないのは当然ですが、「うわぁ。生き難いんだなぁ。」という漠然とした印象を受けることが多いのは実際です。 » 続きを読む
つい先日のこと、私は「実際にこれをやることになったら大変だ…」と思いながら、ある助成金に申請するプロジェクトの企画書を書いていた。それは、やることになれば、私が沖縄で初めて本格的におこなう HIV関連の活動で、難しい側面を持つものだった。「きついなぁ…出すのやめようかなぁ」と思いながらも、PC上で文字を打ち込む手は止まらず、結局完成させて提出した。「よく書いたねぇ」と言う活動仲間の声に「憑依ひょういって感じだったよ!」と答える私。もちろん、それは冗談だったのだが、その言葉を聞いたある人は、真面目にこう言った。「いろんな人の思いや悲しみ、期待を背負ってますものね」。 » 続きを読む
シンポジストとしてぷれいす東京の理事 4名を迎え、2014年4月29日に新宿区箪笥地域センターにて 20周年記念シンポジウムが開催され、会場は94名の参加者で満員となりました。(このシンポジウムは「TOKYO RAINBOW WEEK 2014」参加イベントです。) » 続きを読む