IHO
雨が毎日続いている。
地域によっては酷い影響を受けているみたいです。
雨は大事だと想っても過ぎたるは…です。>人間中心に考えて。
雨の日は、やっぱりblueになります。
屋外に出るのが億劫になるし、洗濯物をおひさまで乾かせないし。
週の始まり月曜日も多くの人をblueにするのでしょうか?
僕はサービス業なので平日休日が多く、のんびり日曜の次の日のblue感は
余り体験した事がないけど、想像は容易ですね。
雨があって、晴れがあって、月曜があって、日曜がある。
そういうもんなんだなぁ。>みつる風(笑)
IHO 拝
ガジ
数年前の登場から,今では特別感も何もなくなったように思えます.
自分も昨年,「お徳用パック」を職場のデスクに備えておきながら
何だかもったいないなと考えてしまい,
大半を使い残して新たな夏を迎えました.
職場でも外回り帰りとか,割と気軽に顔や首筋を
拭いている後輩達を見かけると
自分がそれほど気軽に活用しないのは,
世代なのか,単なる貧乏性なのか,ちょっと考えてしまいます.
この夏はもう少し積極的に活用しようかなぁ,
そんなどうでもいいことを想ったり(^_^;)
IHO
以前から僕は内服率が異常に低く
「自分の事を大事にしていない」
「ちゃんとこの病気を理解していない」など
厳しくも温かくごもっと過ぎてグーの音も出ない程の
お言葉を頂きます。
なのになのに最近はまたもや内服率低下に陥っています。
仕事が終わりおウチに帰ると一瞬にして眠気が襲ってきて
気が付くと真夜中で「あ、薬飲んでない」となる事、毎日(驚愕)
きっとおウチにSand manが居るンだな>おいおい妖精のせいかよ!
自覚が足りない(足りな過ぎ!)
自己管理が出来ていない(出来ない?)
しっかりと自分を自分でコントロールしていかないと、痛い目に遭う…よね(大汗)
この場で自戒の想いを込めて覚悟をあらわす。
IHO 拝
IHO
❝この❞病気になってから、色んなプレッシャーから
心が落ち着かない毎日が始まり、それに果敢にも戦いを挑む為に
今も、自己啓発❝的❞なセミナーによく参加します。
著名な方の講演会では、なるほどぉと想う事ばかり。
心が楽になる言葉を繰り返せば、ほほぉホントに楽になる。
あなたはそのままのあなたでいい、と言って頂きホッとする。
でも、どれもおウチに帰ると酔いから醒めて気持ちが続かない。
それの繰り返し・・・。
一時的には喉は満たされ潤うのですが
まだまだもっともっと、これぢゃないあっちかもしれないとずっと口喝状態。
つまり自分がない!
沢山のアドバイスを自分のものに出来ず、焦って、不安になって
反対にアドバイス達に追い掛けられてプレッシャーになっている…本末転倒。
ちょっと(結構な)した依存的症状ですが
セミナーや講演会自体は楽しいので、気分転換というか
見聞を拡げるのにも機会があれば参加したいと想います。
IHO 拝
ガジ
もともと,いくつか持っているメガネ,
老眼が入ってきたため,使うのが不便になった.
普段はコンタクトを常用しているので,
メガネをかけるのは限られた場面であるのけど
何とかしたいなと,遠近両用にレンズ交換しようと思案して
メガネ屋さんに持ち込んでみたけど
メガネのレンズのカットが上下が狭いため,無理とのとこで・・・
遠くを見るのには十分機能していることもあり,
捨ててしまうのはちょっと気が引ける.
どうしようか,しばらく考えることに.
嫁さんには「どうせそのまま置いておくんでしょ?」と・・・
う~ん,図星かもしれない(*_*)
朱美
二階の六畳間の荷物を片付けて、スッキリさせた。
ついでに、畳も、替えようとなって、今、持つて行ってもらった。
来週には、出来上がりそうだ。
ごろりと横になって、新しい畳の香りを、楽しんでみよう。
少し、元気に、なれるかな? 朱美
IHO
百田直樹さんの「モンスター」をお勧めします!
読み始めから一気に読破しました。本当に面白いです。
詳しくは話せませんが、人ってコンプレックスを克服すると
一気に生き方を加速するなぁ、分かるなぁと想いました。
僕も、傍から見ると他愛の無い事に劣等感を持っていて
時折それが魅力になっている事もあるそうなのですが
やっぱり自分の中では大きな壁になっていて
性格が歪むっていうか行動が臆病になりますね。。。
コンプレックスをなくす方法は、沢山の人と逢う事だと想います。
なかなかコンプレックスがあって人と会うのが億劫なのに…でも
ちょっとした集まりから始めて人と触れ合う機会に出掛けて行きます。
沢山の人と交流を持てれば沢山の価値観や見方に気付けて、
自分を許せる/認められる場面に遭います。
自分を好きなる。これが出来ると結構生きやすいなぁ、って想う(照)
話は戻り、この「モンスター」のラストはかなりの衝撃です。
作者も、このラストを書きたくてこの小説を書いたって言われる程、心、揺さぶられますょ!
IHO 拝
IHO
先日松田聖子さんのコンサートに行って来ました。
毎夏の恒例行事の聖子ちゃんのコンサートは、
なんやかんや云っても楽しくって笑顔が溢れます!
今夏のツアーはデビュー35周年記念コンサートっつう事で
今も尚第一線で輝いて、毎年アリーナクラスの会場でLIVEを
している聖子ちゃんにただ感動と尊敬です。
ずーーーーーっと聖子ちゃんなんだもん、この35年間!!!凄いです!(◎o◎)
懐かしのシングル曲メドレーでは
当然の狂喜乱舞で、何十年も以前の曲を空で歌える自分に驚き
そして、小中学生頃に一気に戻り、まさに歌はタイムマシーンです。
想い出に元気をもらう年代になったと実感する今日この頃です。
これからも、フレッシュ×3でいたいと想います。
IHO 拝
なぎさのペンギン
「日本語って ホントにムズカシいよね~」
日本で暮らす外国籍の人たちが、しばしば口にする言葉です。
漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使い分けなくちゃいけない、とか…
(特に日本で発達した)”敬語”の表現をどう使ったらいいのか、とか…..
確かに 日本語は 複雑かつ繊細….
日本語には ”配慮表現” という独特の言い回しがあります。
(敬語や謙譲語は”配慮表現”の一部)
ある外国の人が まかない付きのアパートに”下宿”させてもらっていた時のこと。
大家さんが貸してくれた石油ストーブが急に作動しなくなってしまい、
その外国の人は
「すみません、ストーブがこわれてしまいました」
と報告しました。
しかし大家さんは立腹。
その外国の方としばらく口をきかなかったのだとか。
理由は….
自分が管理運用していた状況で壊れたのだから
「ストーブがこわれてしまいました」ではなく
「ストーブをこわしてしまいました」と言うべきだろう、
と考えたからなのだそうです。
“相手からモノを借りている最中に発生したトラブルなのだから
それくらいの配慮があって当然..”というのが 大家さんの見識だったのでしょうが….
この外国の方には ちょっと気の毒だったかな….
日本語学校に何年通ったとしても ここまでの微細なニュアンスはなかなか学べなさそうですよね….
日本語には ”相手に気を遣うような言い方が良し” とされる傾向が 確かにありますよね。
かといって 常にそれが正解とも言えないのが 更なるムズカしさなんだけど。
こうした日本語をめぐるコミュニケーションギャップは もちろん非日本語ネイティブ⇔日本語ネイティブの間だけの
問題ではなく 日本語ネイティブ同士でも発生しています。
たとえば
鉄道の駅などで耳にするアナウンスでは 電車の発車時に
「ドアが閉まります」
と聞こえてくるのが(一般的には)自然な言い回しとされています。
実際にはドアを開け閉めする操作をしている人がいて ドアが自分の意思で勝手に動いているわけではないんですが….
「ドアを閉めさせていただきます」という謙譲の表現では ”ちょっとへだくだりすぎなんじゃないの?”という印象。
逆に「ドアを閉めます」という直接的な言い切りにすると “上から目線の威圧的な感じ”がして
抵抗感を覚える人もいるのではないでしょうか?
大切なのは
「ドアが閉まります」「ドアを閉めます」「ドアを閉めさせていただきます」
この3つのどれもが 日本語の文法としては正解である ということ。
どれかが間違っているから問題なのではなく どれもが正解であるからこそ 受け取リ手が
“オレの…アタシの選択こそが正しいに違いないんだ”
と思い込んでしまう そんな危険性をはらんでいる、ということです。
興味深いことに…
同じひとこと であっても(たとえばバスの運転手のように)開閉装置を操作する人の存在が
明確な場合(話者の顔が見える状況)においては 「ドアを閉めます」と言い切っても
受け入れられやすくなる可能性が高くなる ということです。
(抑揚やアクセントなど話者の言い回しが丁寧に聞こえるなら よけいにそう感じるでしょうね)
電車の場合に比べ 運転手=バスの運行を管理する人 という認識がわかりやすく
“この人が管理しているのだから 乗客である自分たちは従わなきゃね” 的な共有感が
広がりやすい ということかもしれません。
う~ん….
なんか….シチュエーションに左右されすぎじゃね….
あいまいすぎるぞ~ 日本語(笑)
もうひとつ 別の例を…..
親が病気になって入院していたが、治癒して退院した…というような状況で
「お父さん、具合が良くなってよかったね」
「はい、おかげさまで先日退院しました」
というようなやりとりは ごくありふれた会話です。
しかし、20代などの若い世代の人たちは この”おかげさま”というあいまいな表現を
年長の人ほど好まない傾向にあるのだとか。
この場合の”おかげさま”は 誰か特定の人ではなく…神仏など 超自然的な存在の恩恵に
よって….という背景が想定されています。
なので「何が父親の健康を回復させたのか」という点を 古来からある”偉大なるものへの
感謝”のレベルで解釈するか、科学的、論理的な理詰めでとらえるか…で 意見が
大きく分かれるでしょう。
興味深いのは…
「おかげさま」に匹敵するあいまいな表現の言葉として「おつかれさま」がありますが、
こちらについては 若い人ほど多用する傾向にあるらしい、ということ。
言葉に関する意識調査の結果を見ても、会話の第一声をこの言葉で始めようとする人は
若年者に多いそうです。
イマドキの若者なんて みんな気配りなんかできてね~んだからよ~
という話ではないんですね。
ここでの「おつかれさま」は 本気で相手の労をねぎらうというより
「おはようございます」や「こんにちは」「こんばんは」と同じ、コミュニケーションの
きっかけを作るあいさつの役割を果たしているに過ぎません
(アラフィフの僕ですら、わりとよく使っていますWWW)
「ご苦労さま」では上から目線で失礼だけど、「おつかれさま」なら あたりがやわらかい
よね…と考える人も多そうな気がしますし,,,,
一方で
「自分は 別に疲れてはいないよ…..なんで 特に親しくもない相手から”おつかれさま”なんて
言われなきゃならないの?」と 「おつかれさま」の乱用を快く思わない人たちも(当然)います。
こちらは 年長の方々ほど強い抵抗感を示す傾向にあるようですし さらに細かく見ていくと
メールでのやりとりで あいさつを「おつかれさまです」の一文で始めるのは
男性より女性のほうが多い という傾向が見られるのだそうです。
会話は 言葉のキャッチボール。
同じ価値観をシェアしていなければ コミュニケーションの一方の側では違和感を感じて
しまいますが ”自分は 社会の中で常に一般的(スタンダード)”という思い込みが強すぎると
意外な落とし穴にはまってしまいます。
「日本語ってホントに難しいよね~」
日本語ネイティブである自分も 本当にそう思うのですが….
ここまで思慮深く 幅の広い言葉は世界中捜しても なかなかありませんね。
様々な状況で いろいろな言い回しを使い分けることでコミュニケーションを無限大に楽しめる….
難しいからこそ 実に勉強のしがいがありますね….日本語って。
今日は 少し前に聴いたあるラジオ番組の話題から 自分への覚書の意味を含めて残してみました。
朱美
こんげつは、私のお誕生月です。
今年から、とうとう満額、年金が、貰えます。
この病気の私が、ここまで、生きられたなんて!
母も、看取ったし、私の役割も、ずいぶん軽くなりました。
最近は、気が抜けてイマイチ頑張ろう感は、なくなってしまいました。
何事も、ノンビーリになり、なんとかなるさあに、なってしまいました。
そんなに頑張る目的も無い日々ですか、これで、いいんですね。
老犬とゴロリと、昼寝している、日々です。 朱美