陽性者と家族の日記 “ガジ”

帳尻あわせ未遂事件

ガジ

先日のこと。朝、いつものように歩いて駅に向かう途中、
ふと「夜のクスリを飲み忘れたかも・・・・」と思い
家に電話してみたら、やはり昨日の分のクスリが
そのまま残っていることが発覚!!

今までにもクスリをスキップしてしまったことがあったけど、
気がついたのはいつも、夜の副薬時に
「あれ??昨日の分が・・・・」ってのが、今までのパターン。
今回は初めて、飲み遅れ(?!)に気がついたわけで。
で、どうしたかというと、歩きながら予備で持ち歩いてる
夜のクスリを、何も考えずに約8時間遅れで服薬!
自分の理屈ではスキップしている状態を意識したまま
仕事をする方が精神衛生上、悪いと思った訳で。

午後、病院のナースに相談したところ
「昼の分をスキップするように」と指示された。
数時間ずらして帳尻を合わせたかった自分にとって
ちと不本意だったけど、ここはちゃんと指示に従うことに。

本来は夜の分のクスリを飲み忘れたら、そのまま
スキップするのが正解だったけど、
アタマとココロは必ずしも一致しないのを
こんなことからも、再認識。
くよくよしないで気持ちを切り替えるって、
簡単そうで結構、難しい。

web NESTの「よくある質問集」を
全然活用できていない自分に反省・・・・

決定的瞬間?!

ガジ

今日、たまたま昼に飲むクスリを飲んでいるところを
上司に目撃されてしまった。
その光景を見るな否や、
「クスリなんか飲むな!」と言われた。
一瞬、意味を理解できず、頭が真っ白状態。
平静を保ってられず、はぐらかし気味にかわすことができなくて
「何故ですか?!」と少し口調を荒立ててしまった。
それからすぐに、はっと正気に戻って「下痢止めなんです」と
切り替えしたが。
(まだまだ未熟なもんで)

まぁ、今にして思えば多分、
「まだ若いんだから、すぐにクスリなどに頼るな」と
言いたかったのか・・・・と思ったりもして。
(それともただ単に服薬する姿を見て、不快に思ったのか?)
でもやっぱり、自分が服薬することで
人様に何の迷惑を掛けてるのだろう?・・・・と、
納得できない自我を諌めることができずにいたりもする。

こんな些細なことにつまづいてもいられないけど
せめて、人に干渉されずに服薬できる環境に身を置きたい。
もっと歳を取れば、生活習慣病みたいに
服薬が自然に思われるようになるのか?
それまで何年かかることやら・・・・

もっと苦労している人はたくさんいるんだろうと、
自分を勝手に励ましてます。

発疹事件

ガジ

連休の前半、好天気の中で日曜大工で
ペンキ塗りをした。
まる2日間かけてまぁ、いい感じに仕上がった。
しかし翌日以降、発疹が両腕・両足に・・・・

すぐ治るだろうと、某ウナ○ーワなどの
かゆみ止めを塗って経過を観察していたが
週の後半にかけて、みるみる範囲が拡大!!
週明けに病院に行くことにした。

しかしこうやって、おろおろ動揺してるうちに
週明けの月曜には治まってきてしまった。
皮膚科では「原因不明だけど、大丈夫でしょう」と。
急に強い日差しの中で長時間作業したせいか、
ペンキの中の成分にかぶれたのか、
今となっては真相は闇の中へ・・・・

タイミングが悪いというか、自分の自然治癒力を
褒めたらいいのか、ちょっと複雑だったけど
まぁ、大事に至らなくてよかったのは確かかも。

化粧直し・・・?!

ガジ

休みの日、あまりにも天気が良かったから
思い立って、久しぶりに日曜大工にいそしんだ。
以前に自作した、ちょとしたデッキのメンテナンスで
ペンキ塗りの改修を前からやろうと気になってた。
だけど、今までなかなか踏ん切りがつかなかった。

燦々と日が照りつける中、一人黙々と塗装をし続けて
デッキもいい色になったし、気が付くと
自分もいい色になっていた・・・・
この時期の紫外線の強さを実感。
連休中にもう一度重ね塗りをしなくては。

やり始めると、結構楽しいもんだ。
気ままなカントリーライフだったりする。

初めまして

ガジ

昨年のお盆以来、久しぶりに高校時代からの
友達の家に嫁さんと遊びに行った。
秋に子供が生まれ、ぜひ遊びに来てほしいと
前から言われていたので。

赤ちゃんをぎこちなく笑顔であやす友達は
まさに父親一年生といった感じで、微笑ましかった。
でも、うちの嫁さんが赤ちゃんを楽しげにあやす姿を
傍らで見て、少し複雑な気持ちになった。

同年代の友達が次々に家族を築いていくことと、
自分達の未来を重ねてみて
子供を持つことの未来予想図がハッキリと
描けないでいる自分に、煮え切らない憤りを
感じさえした瞬間でもあった。
でもそれは、決してこの病気のせいではないと思う。

桜を観て塩梅を探る

ガジ

そばいる人の苦悩や悲しみも分かち合いたいと思いながら、
その逆のような場合に、相手につらいことを
話せない時がある自分を考えると、
相手を思いやってるつもりでいながら、実のところは
相手を信頼していないのかもしれない?と
自分の深層心理に問いかけてみたりする。

逆の立場で、嫁さんが一人で苦悩を抱え込んでいたことを
知ったならば、自分はたいそう悔しがると
思うのは、火をみるより明らかなのに。
お互いが適度に自立して、適度に依存しあうというのは
そんな簡単なものではないとつくづく思う。
どこにその線引きがあるのか、あるようでないのか?
パートナーと良好な関係を築いている人たちは、
皆さんどうしているのだろうかと思う。

桜の季節に一年前を振り返り、自分の成長のなさに
いささか閉口している今日この頃。
高望みはしてないけど、少しくらいは・・・・と。
気がつくと、いつも同じようなところでつまづき、
ぐるぐる回ってる。

来年は桜を観ながら少しは自分を褒めたいと
かなり抽象的であるが、
ささやかな目標を立ててみた(笑)
桜に応援してもらおう。

自分が鈍いだけなのか?

ガジ

最近、ニュース番組等で回転扉の危険性が
取り上げられるのを観るたび、自分も幾度となく
回転扉にしてやられてる経験があるので
共感する部分もあったりする。

例えば、扉の内部で急に速度が遅くなって
前面の仕切りガラス板に顔面を激突したり、
逆に速くなって背後から仕切り板にかかとを
ぶつけてアキレス腱の辺りの皮がめくれたり・・・・

顔面激突の時はあまりにも鮮やかで、
大きな音とよろめいたリアクションで多くの通行人の注目を
集めたのを、今でも鮮明な記憶として残っているため
それ以降は、やらかしていない。
(仕事中、スーツ姿だったのでかなり恥ずかしかった)
しかし背後からの攻撃は今も回避できないことがあって
回転扉へのエントリー時には、少し緊張したりする。
だから回転扉と普通扉がある場合は、できるだけ
普通扉を利用することを心がけている。

ただ自分が、今回の報道のような重篤な事態に
遭遇したことがなかったので回転扉に対して
他の人はどう思っているのか、さほど気にもしてなかった。
子供の頃は回転扉って豪華できらびやかな感じがして
何か特別な引きつけるものを感じていたような気がする。

現行の回転扉は残念ながら「バリアフリー」から
少し遠いところにあるのだろうか?
当然ながら利点もあって普及しているのだろうに。

新しい季節に

ガジ

自分の助言で資格取得のために仕事辞めて
学校行くことを決心した友達から
「合格して、春から学生になる」と連絡がきた。

春は色々なことが始まる季節だと
しみじみ思ったりもする。
彼は夢の実現というか、QOLを向上するために
新しいことを始めるわけだが
どんな未来も日々の積み重ねだということを
忘れがちな自分に気付いたりもする。
こういうのは、とてもいい刺激になる。

自分が後押しした手前、やはり彼には
成功してもらわないと・・・・と願うのは
単に友達の成功を願う以上の思い入れがある。
しかし、自分の考え・意見にかなり重きを
置いてくれるそんな彼にも実のところ、
自分の感染は明かしていない。
時折、申し訳ないと思うことがあるが。

彼は自分のことを信用しているのに、
自分が彼のことを信用し切れていないのかも。
得難い友達だと思ってる筈なのに。

いつかは話せる日が来るのだろうか
自分の越える壁なのかもしれない・・・・

ケイゾク

ガジ

ここ数回、英語を話す外国人と会話する機会があった。
全然、思うように意思疎通はできなかったけど、
週イチで英会話に通う以前と比べれば、
かなりの進歩だったなぁと自画自賛。

たまたま、その場にあった「ういろう」を
説明する羽目になって、かなり苦労したりして・・・・
(実際、伝わったかどうかは関知してません)

来月からまた1年間、続けようか迷っていたけど
こんな出来事もあり、継続を決心した。
正直、平日週イチの習い事も仕事の追われて
今でもかなり大変なのだが。
もちろん、金銭的にも。

○○に優しい?!

ガジ

最近、食べ過ぎのせいでいささか体つきが
丸くなった気がする。
(決して、クスリの副作用ではなく・・・・)

あごの周りも肉を蓄えてきて二重あご状態に
なってきたのに気付いて嘆き、嫁さんに
「これじゃ、あごと首の境界がボーダレスだね」と
半ば自虐的に冗談を言ってみたら、
「あごと首の境い目がバリアフリーなのもねぇ・・・・」と
軽く言い放たれてしまった。
ほのかに傷ついてしまった。

カロリーコントロールを決心させられた
瞬間でもあった。