IHO
先程、「コカ・コーラpresents LIVE PRIDE~愛をつなぎ、社会を変える~」を
楽しんで帰って来ました。
本当に素敵で素晴らしいコンサートでした。
LGBTQとか区別とか関係なく、肩肘張らずに構えずに
歌を通して、好きなアーティストを通して集まった皆が
ただただ楽しんだ一夜限りの(奇跡の)宴でした。
このようなコンサートが開催された今日はまさに記念日です!!!
本当に楽しいコンサートでした(^ー^)開催に尽力された皆様に心から感謝します。
YUMING が言っていたけど、いつか近い未来、
LGBTQと云うワードが死語になる気が、今日の盛り上がりを体験して
絶対来るって実感しました。
次回はあるのかな?
あゆとか倖田來未さんとか氷川きよしさんとか
共感して出演してくれないかなぁ(笑)
IHO 拝
IHO
先日、初めて岩手県に行ってきました。
夜行高速バスで行ったので残念ながら
「MORIOKA」とロシア語みたいな響きの案内は
聞けませんでしたが、想像通りの緑がいっぱいの
長閑で穏やかな雰囲気/町でした。
宮沢賢治が好きで宮沢賢治記念館に行ってきたのですが
最寄り駅から記念館までの道のりジョバンニやゴーシュやよだかが
そこいらで僕を待っていてくれてとても面白かったです。
記念館では宮沢賢治の人生が丸っと展示されていて
彼の人生が彼の作品に影響しているのかな、なんて
時折、笑顔になったり、心が痛くなったりしました。
今後、本を読み返す時に少し深く読めそうです。
短い時間でしたが
イーハトーヴォは素敵な町でした。
オススメします(^ー^)
IHO 拝
IHO
こんにちは。
PCが壊れてから新しいPC購入&WiFi環境を整えるのに
18ヶ月が経っていました(汗)
元来の優柔不断と怠け者の性格から
なかなか新しい事を始められずにいました。
もしかして、IHOの身の上に何か起きたのかしら、とか
もしかして、もしかして…と御心配頂いた方がいるとか、いないとか…
僕は元気で毎日を暮らしていました。
今も毎日元気に働いて遊んでおります!
僕が日記に参加出来なかった間も“日記”は拝読させて頂いていました。
皆さんと同じように、日々の出来事や僕の想いなどを
また、綴っていきます。これからもどうぞ宜しくお願いします。
IHO 拝
ひろき
イギリスでも日が短くなって、気温もだいぶ下がってきました。
憂鬱な冬に打ちのめされる前に、イギリスの好きなところを書きます。
イギリスの好きなところ、それは横断歩道をゆっくりと渡ることです。
これは私個人の例えなのですが、車が目の前で渋滞していようが、
周りの歩行者が急いでいようが、イギリスでは横断歩道を歩行者がどうどうと、
しかもマイペースで渡ります。
私なんかはついつい、車が来てると小走りで横断歩道を渡ったり、車に止まってもらう、
しかも渋滞してたら頭を下げながら渡ってしまいます。
イギリス人は違います。まるで旧約聖書のモーゼのように堂々と、車が逆に人のために道をあけます。
考えてみたら歩行者にとってあたり前の権利なのですが、
それを堂々と使うのがイギリス人。
これは失業保険の受給にかんしても、バスに乗る車いすの方にも同じことが言えます。
みんなで話し合って決めた権利は、例え1対多数になろうが、個人として堂々と主張する。
シンプルなことなのですが、そこにイギリス文化の奥深さを感じます。
まさお
なんだろー、早くも師走感… バタバタしだして、気付いたら年の瀬なんだろーな。
1年過ぎるの早いのに自立支援の更新来るともー1年経ったのかと感じる矛盾w
ひろき
ラグビーワールドカップ、盛り上がっている様子をニュースで度々みます。
私自身、プレーしたこともないですし、ルールもちんぷんかんぷんですが、イギリスはラグビー発祥の地。
日本で開催されているラグビーワールドカップの試合もテレビ中継されていますし、ラグビーワールドカップの広告やCMもよく見かけます。
ほんとに、にわかファンで恐縮ですが、日本がアイルランドやスコットランドをやぶったのには、感動してしまいました。
バックグランドはさまざまな選手がワンチームとして日本を代表して戦う。
きっと新しい日本の在り方を示してくれたんだと思います。
ラグビーは自主性を重んじるスポーツ、ということで、イギリスでは会社のマネジメントしているようなビジネスパーソンに人気があります。
彼らを多く輩出するイギリスの名門校で盛んだということです。
日本からロンドンを訪れた友人と一緒に、パブで日本対南アフリカ戦を観戦しました。
残念ながら日本は敗退しましたが、なんと、パブにいた南アフリカの方が声をかけてきてくれて、ビールをおごっていただきました。
日本のスポーツ選手の活躍が、国際交流、そして海外在住の日本人の誇りや元気になります。
やっちゃん
皆さん、如何お過ごしでしょうか?
今日10月21日と言う日は、私にとって忘れられない日となりました。
3年前の今日、一般病院で不意打ち検査の末にHIV陽性との告知を受けた日でした。
今でも昨日の事の様に鮮明に覚えてます。
3年前、告知を受けた2日後に、パートナーに涙ながらに話した事、パートナーは、その事を知って「僕は、離れないから大丈夫だよ」と病室で抱きしめてくれた事を思い出します。
あれから、3年
今、ウイルス量も未検出に抑えられて順調です。
すべての事に感謝を忘れずに、笑顔で自分らしく生きていきたいと思う今日この頃です。
さて、頑張るぞ!
今月末は、パートナーと一緒に義理のお姉さんが待つ群馬へ行ってきます!
では、また来月!
朱美
毎日、夕方になると散歩に出かけるようになりました。
M子が、生きていたときの散歩コースの一部ですが、M子の事が、思い出されます。
20分程の短い時間ですが、気分転換には、なります。
午後は、読書していることが、おおいので、気晴らしですね。
もっとコースも、変えて、楽しみたいですね。
まさお
長い残暑も終わってしまう… 今年も残り3ヶ月切ってしまった。 三連休の台風に備えて、色々準備せねば。
鳥前 進
「ノボルのお墓参りに一緒に行きませんか」
先月、ノボル(仮名)のお姉さんから2年ぶりに連絡があった。どこかで生きていてほしい、これまで秘密にしてきた「現実」ときちんと向き合ってほしい。そう願っていたが、お姉さんの優しいお誘いは、同時に残酷な現実を僕に知らしめた。
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ノボルは僕の恋人だった。僕とは正反対で、ユーモアにあふれ、思い立ったらすぐに行動するタイプの人。そんな彼にも、誰にも打ち明けられない秘密が2つあった。一つは、僕も世間に対して秘密にしているセクシャリティ。そしてもう一つの秘密は、僕の誕生日を祝ってくれた夜に、僕も気づかぬうちに望まない形で「共有」することになった。
秘密を共有してから2週間が経過したころ、僕の身体に異変が起きた。1週間近く続く40度近い発熱、激しいのどの痛み、関節の痛み、2回実施したインフルエンザの検査は陰性――僕はノボルと距離を置くことにした。そして2カ月後、僕は都内で抗体検査を受け、ノボルの秘密を知った。秘密を知ったその夜、僕はノボルのもとを尋ねた。そして、別れることにした。
別れた後の僕は、すぐに通院を開始した。同じ秘密を抱えた人たちとも積極的に意見交換をし、少しずつ前に進む努力をした。同時に、前に進めずに一人で長い年月もの間「秘密」を抱えてきたノボルのことを想った。どうやったら彼を現実と向き合わせることができるだろうかと――別れてから半年後、「ノボルが自ら命を絶った」とノボルのお姉さんから連絡が入った。
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待ち合わせの場所で、ノボルのお姉さんはお花を携えて僕を待っていた。僕は「亡くなった」と聞いただけで、お葬式にも呼ばれなかったし、お墓の場所も聞いていなかったので、ノボルがこの世からいなくなったなどということを信じ切れずにいた。しかし、目の前の女性の出で立ちは、「私が嘘をつくわけがない」と言わんばかりに、信じきれない現実を僕に突き付けてきた。
駅からタクシーに揺られ、都心らしいこじんまりとした墓地についた。一目で新しいものだとわかるほど輝きを放つ石の下でノボルは独り眠っていた。僕はノボルは生前に置かれた状況を思い出した。僕と秘密を共有したものの、ノボルの考えは僕には受け入れられず別れることになった。家族には秘密が2つとも明るみになり、もはやどこにも居場所はなかった。そして亡くなった後も、一人の若い男性には不釣り合いなほど立派なお墓に「葬られている」――
涙が頬を伝わるのを感じた。頬を手でぬぐう。お姉さんのほうを見ると、何かを話し始めようとしたけれど、嗚咽が止まらないほど激しく泣いてしまい、言葉にならなかった。後で話を聞いたが、ノボルが納骨されてから誰もお墓参りに来ていないそうだ。納骨に立ち会わなかったお姉さんにとって、今回が初めてのお墓参りだった。
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ノボルへ。君がほかの誰かからHIVをもらったと知ったときにどんな気持ちだったか、僕には分かります。君が僕にHIVを移したのは、ただ分かってくれる人が欲しかったのだということも、僕には分かります。誰かにHIVを移すことでしか自分の気持ちを共有できない状況に置かれていた君のことを、僕は同情します。ゲイであることも、HIVキャリアであることも、誰にも非難されることではないのに、「無理解」な「世間」に「殺され」た君の死を無駄にしたくなくて、君との出来事をここに公表することにしました。また今度、お墓参りに行きます。