陽性者と家族の日記

さよなら、安室ちゃん

ひろき

安室奈美恵さん、いや、安室ちゃん(年代がバレますね)の引退コンサートに行ってきました。しかも、一人で香港まで(笑)。ファンクラブ会員でも、ずっと熱烈なファンだったわけでもないのですが、高校生のころ、ちょうどアムラー・ブームで、安室ちゃんはずっと自分にとってのスーパースターでした。

ミリオンの連発からプライベートでの出来事など、色々なことも経ながらも安室ちゃんはただひたすらに、自分のやるべきことをやり続けたんですよね。クールでいて時々見せる彼女の笑顔がとってもカワイくて・・・、やっぱり寂しいですね。

時代を、そして日本を代表するポップアイコンが引退するのは本当に心残りなのですが、頑張り続けて元気をくれた安室ちゃんだからこそ、より充実した幸せな人生を送って欲しいです。

ありがとう、そしてさよなら、安室ちゃん!

ありがとう

IHO

「ありがとう」は魔法の言葉!を信じて実践しているIHOです。

昨日、自転車での買い物帰りに大勢の幼稚園児のお散歩の横断に遭遇しまして
一旦停車しました。
園児が横断する度に保育士さんは
「すみません」「すみません」を繰り返し僕(ら)に言っています。
僕(ら)は何とも、のほほ~んと園児達が通るのを待って/見ていました。
※僕の後ろにも数人停車自転車の方がいました。
その時ひとりの園児が保育士さんに
「どうして”すみません”って言うの?」と質問しているのを
幼な子得意の「なんで」「どうして」攻撃だぁ!!と笑顔で聞いていました。
保育士さん「みんなの為に止まって待って下さっているからよ」と丁寧且つ模範的返答。
園児「だったら、ありがとうじゃない?」と。
カミナリ落ちましたね、頭のてっぺんに直撃です!
そうだよ、園児、この時は”ありがとう”だよな、と
えらく心動かされ、その後、笑顔で帰宅しました。
子供って面白い。直球に考えられる思考と行動に
ハッとさせられて驚くやら恥ずかしやら嬉しいやら…
“すみません”と”ありがとう”は同義語だけど
“ありがとう”ってちゃんと言いたいなって想う昼下がりでした。

IHO 拝

サイレントマジョリティー

IHO

BPMを鑑賞してきました。
作品の感想をなんと伝えたらいいのか分かりません。
「感動」でも「分かる」でもない。
20数年前の事実、その頃僕は東京でHIV/AIDSを意識せず生きていた時。
現在、福祉も受けられお薬も処方され「生きる」事を選択出来ている。
生きたくても、生きられるお薬が目の前にあっても、それを選べない時代…20数年前。
なんか自分が責められている気にもなった。
今、政治に対して色々不満とか不安とか言いながら
どっか他人事で「だれかがやってくれるでしょ」「多数決には敵わない」って黙っている僕。
「沈黙=死」
「行動=生活」
生きる事を意識しているかな、俺。
ちゃんとこの病気と共に大事に自分の人生を歩んでいるかな、俺。
映画を観終わってからグルグル自問自答の渦の中です。

なんか話しが逸れてまとまりがつかない…(・_・)

最後に、ラストシーンのあの「選択」は僕にはかなりの衝撃でした。
本当に観る方によって色んな感想を持たれるのではないかと想います、
是非、多くの方に鑑賞して頂いて感想を交わし合いたいですね。

IHO 拝

M子は、まだ、生きてます

朱美

M子は、まだ、生きてます。

長期介護になりそうです。

毎晩、二三度起こされて、まいってます。

元気になってくれたのは、嬉しいけど、介護は、たいへんです。

朱美

ララ サンシャイン

IHO

4月になりましたね。
今年も1/4(ヨンブンノイチ)がいっちゃいました。
早いです、新しい時間がやってくるのが本当に早いです。
先延ばしの呪いにかかり、やりたい事やらなきゃいけない事に
全く手が付けられずに焦っています。(この3ヶ月何してたんだろ?)

明日から、新しい職場や学校や部署でstartを切る方も多いかと想います。
ちょっと緊張しますね。
今迄と違う価値観の中に身を置くのは結構hardですけど
それも楽しめると良いですね。

明日はきっと爽やかな朝の眩しい太陽がみなさんを
新しい生活に送りだしてくれる事でしょう。

笑顔を忘れずに♥

IHO 拝

変わらないもの

IHO

先日、女性の同僚と久々に飲みました。
気のおけない友人なので色んな話しをしました。(主に職場の愚痴)
そんな楽しい飲み場で、出てきた話題は。。。
「IHO君ってこっちって〇〇が言うのよぉ」と悪気zeroで言ってきた。
僕としては、またか(霹靂顔)ですが、興味はあるんでしょうね、
僕はルーティンの返答で「よく言われる。」で、ハイ!終了。
有り難い事に僕の仕事はサービス業なので
男性職員も物腰柔らかい話し方が常であり、
つい、女性的(今の時代この表現は存在するのかな)な言葉遣いをしても
丁寧で宜しい!という風になるので、こういう話題の時は
誤魔化し易いです。※嘘ついているンですけど、ね。

ところで、「こっち」の表現の仕方って
なんで、ああなんでしょう?口の横に手の甲をクネっと反らす表現。
(視覚的に言えば、スネ夫ママの”オーホホホホざます”のあのカタチ)
僕の幼少の頃から変わらないあの表現を今も同僚がするのを見て
長い長い間ずーーと昔から変わらないものを見ぃつけたって、
ちょっと可笑しかったです。

IHO 拝

映画「BPM ビート・パー・ミニット」

やっちゃん

昨日、パートナーと一緒に観てきました!

凄く観て良かった。

あの時代に凄い勇気を振り絞って戦ってきた先輩達に感謝と尊敬の思いでいっぱいになりました。

先輩達のお陰で今の僕が生活を送れる事に改めて感謝しております。

そして、流れてくる音楽が凄く心地良かったです!

観て良かったです!

ありたい未来を実現できるかは、自分次第。

さしみ

HIVに感染していることを相手に伝えることは、簡単なことではありません。

2017年2月1日。陽性という結果を伝えてくれた若い男性医師に感染のきっかけを問われ「男性との性的接触」と答えたことが、人生初の「カミングアウト」でした。正直に言って抵抗はありましたが、事実と異なる答えで支障がない質問は存在しないので、その瞬間は真実を伝えることに徹しました。

告知を受けた当日、その足で当時付き合っていた人のもとへ向かいました。「HIVに感染していることが分かった」と伝えるために。大事な人を守るために感染の事実を伝えることは当然だと思っていましたので、迷いはありませんでした。

数日後、今も通院している拠点病院へ紹介状を持っていきました。そこでも医師と看護師に感染のきっかけを「カミングアウト」しました。このときは自分でも驚くくらい何のためらいもなく自分のセクシュアリティについてスラスラ話せたことを覚えています。男性とセックスしてHIVに感染しましたが、皮肉にもそのHIVにゲイは恥ずべきことではないと気づかされました。

その後の通院で、家族の誰かに「カミングアウト」することを検討してほしいと主治医より伝えられました。ここでのカミングアウトとは、感染しているという事実に関してのみを指しています。数段ハードルが上がったカミングアウトにものすごく迷いましたが、今は「家族には言わない」と決めています。親や兄弟のことを思ってなのか、家族から否定されるのが怖いからなのかは自分でもわからないけど。

しばらくカミングアウトとは無縁の日々を送ってきましたが、最近、好意を抱く人がいて、その人にどう伝えようか悩んでいます。今後関係をより進展させたいなら伝えるべきだし、伝えられないなら終わらせよう。けど、伝えたところで関係がより進展するどころか終わるかもしれないな、などといろいろ考えてはみますが、「伝えられた相手はどう思うか」という視点がないことにはカミングアウトしてもうまくいくはずがありません。これまでカミングアウトしてきた相手は、僕が何を言おうとしているかある程度想像できる人たちです。僕が今度伝えたい相手は、まさか僕がHIVに感染しているなんて思ってもみないでしょう。

言わないで諦めるより、受け入れてもらえるように話して気持ちを伝えたほうがいいと思う――ある陽性の先輩から背中を押してもらえました。僕がいますべきことは、彼が僕から感染の事実を伝えられたときに、その現実を受け入れやすく伝える方法を考えたり受け入れやすい環境をつくることであって、伝えたことで予想されるマイナスの影響を嘆いていても前には進まないのです。もう悩むのはこれでおしまい。ありたい未来を実現できるかは、自分次第。

さよならの向こう側

IHO

これといった不満もなくトラブルもなく
でも毎日が空虚で働いている実感がなく、
ちょっと休みたいなと想っている僕です。

季節/時期的にそうなのですが、ウチの職場では退職者がガンガンいらして驚いています。
この方も、その人も、あの方も、どの方?(って人)も
次の人生設計図を持って行ってしまいました。
覚悟と自信と責任と夢と希望が入ったスーツケースを軽々と持って行っちゃいました。
僕の職場は結構大きいので色んな部署の方々と協力しながら喧嘩をしながら働いています。
そんな中、親しくしていた人、結構やりやった奴、仕事以外でも交流があった方etc…
10名程の退職者の皆さんそれぞれから御挨拶を頂きました。
「IHOさんには挨拶したかったです」
「IHOさんは厳しかったです」
「IHOが居たから楽しかった」なんてお声を頂き泣けてきました。
毎日ボヤーッと働いている僕ですが、改めて色んな部署の方と
ちゃんと仕事と交流をしていたンだと、少しはこの人達の記憶に残るような事をしていたンだと
ちょっとでも影響を与えていたンだと…泣けてきました。>年歳のせい?

こんな遣り取りから誰かと関わっている事を実感し、
空回りで虚しいなぁっと想っていた毎日でしたが
そうではなかったようです。
「さよなら」から学ぶ事、気付く事って多いですね。

みんさん、さようなら。ありがとう。お元気で。

IHO 拝

良いことないかな

さしみ

感染を疑い始めてからの数ヵ月間は、食い入るようにHIV関連の情報を集めていたことを今でも覚えています。ほとんどは自分にとって有益な情報ではありましたが、なかには情報がアップデートされておらず不安を煽られることも少なからずあったなと記憶しています。

情報収集するとき、だれもがその情報が正しいこと・現実的であることを求めると思います。前者をインターネット上のすべての情報に求めることは限界がありますが、「陽性者のリアルな声」を知るという観点ではネットも少なからず役に立つと考え、陽性者のブログもいくつか読んでいました。

ブログを読みながら、感染した方身体の快復や気持ちの(良い方向への)変化に触れ自分もきっと大丈夫だと思ったり、カミングアウトについて少し前向きになったりして、だいぶ勇気づけられました。一方で、更新が途切れているブログを見つけると、ライターさんの身に何かあったのではないか、入院しているのか、想像より状態は良くないのか、といったネガティブな想像を膨らませ不安を覚えていたこともあったことも思い出されます。

実際のところは、更新を停止したケースのほとんどは、きちんと治療を開始し、感染発覚直後の心身ともに沈んだ状態から感染前と変わらない日常を取り戻し、特に記事にするような真新しいトピックスが頻繁に発生する状況ではなくなったのだと思います。それに気づくまでに数ヵ月かかった自分は純粋なのか頭が足りないのかは分かりませんが…

そして僕自身、まだ治療開始前にも関わらずすっかり落ち着いてしまって、真新しいトピックスに出会うようなこともなくダラダラ過ごしているがゆえに、2回目が初回から1ヵ月弱あいたうえにカラッカラに乾いた内容の日記を更新させていただくこととなりました。あーなんか良いことないかな…