陽性者と家族の日記

余韻

つばさ

 先日、「ジーザス・クライスト・スーパースター」を
友人3人と観にいった。

 「ジーザス…」自体はすごく迫力があって、
わたしの好きな役者さんも出ていたし、
とにかく夢中で見ていたらあっという間に時間が過ぎたという感じ。
大満足だったのだけど、別のところでひとつ不満が残った。

 友人の1人が全く余韻にひたらない人間だったのだ。
 いい舞台を観終わったあとはすごく高揚した気持ちになり、
しばらく感想を言い合ったりする、というのが、
わたしといつも一緒に行く友人たちとのパターンである。

 でも、昨日一緒に行った友人の1人は、
席についてから始まる直前まで忘年会にするゲームの話をし、
終演後の車のなかでは習い事で一緒の人たちの噂話。

 なんだか、舞台の楽しさが半減した気がして、
すごく損した気持ちだった。
帰ってからパンフレットを読んだりして、
もう一度、ちゃんと余韻にひたりなおしたけど。

いつもいつもいつも

蔵人

ここ一年ほど、インターネット通販での買い物の機会が増えてきた。自分の興味のある様々な種類のお店でも大概ネット通販のページが用意されている。
「一般化する」、「普及する」と言うのはこのような状況のことなんだろう。

ところで、最近自分が買い物するようになった某専門店は、迅速な応対と商品の発送がウリである。個人商店に近い組織のようで、送られてくるメールにもアットホームな雰囲気が漂っている。ネット時代の客の心をつかむコツを心得ている感じ。

今回の買い物で3回目になったのだが、発注後に届くメールの文章が以下のとおり。

初回:
この度は、「○○」をご利用いただきまして
誠にありがたく、心より感謝いたします。

2回目:
いつも、「○○」をご利用いただきまして
誠にありがたく、心より感謝いたします。

今回(3回目):
いつもいつも、「○○」をご利用いただきまして
誠にありがたく、心より感謝いたします。

さて、次回の注文後はどんなメールが届くのだろう?
今からちょっと楽しみである。

デニッシュメロンチョコ

つばさ

 最近、探しても探しても見つからないものがある。
神戸屋の「デニッシュメロンチョコ」というメロンパン。

 メロンパンは外はおいしいものの、なかが寂しい気がするから、
あまり好きではなかったのだけど、このメロンパンは別!
外は生地の上にザラメとチョコチップがのっていて、
中はチョコレートを練りこんだ生地とふつうの生地でしっとり。
外も中も全部おいしく、すごく満足感があるのだ。
まとめ買いして、毎朝食、食べていたくらい、一時期はまっていた。

 でも、夏を過ぎた頃から見かけなくなり、
同じ神戸屋のメロンパンでも違う種類の新製品ばかりが並んでいる。

 娘には「そこまでして食べたいん?!」とあきれられたけど、
今日は仕事が休みなので、車で30-40分で行ける範囲の
スーパーというスーパーを回ってみた。…でも、ない。

 ふと思いついて神戸屋のHPを見たら「関西地区限定」との文字。
「関西地区限定」といわれてうちのほうでも売ってる商品もあるけど、
これは違うのか?!

 ああ、とにかくもう一度でいいから食べさせて~という気持ち。
月曜日になったら、お客さまセンターに聞いてみよう!

つきたて

つばさ

 夕食におもちをついて食べた。
 といっても、わたしの子どもの頃のように、
杵と臼でつくのではなく、餅つき機で。

 おろしもち、きなこもち、あんころもちは
どこでも定番だろうけど、うちはそれに加えて、
白菜のおひたしを作ってそのなかにおもちを入れる、
このあたりの伝統的な食べ方と、大人向けのショウガもち、
ツナ缶にマヨネーズを加えたツナもち、
そして、納豆大好きな娘と姪のための納豆もちがあった。

 もち米の蒸しあがるなんともいえないいいにおいが
キッチン中にただよって、娘たちは食べる前から期待感でいっぱい。
こんなに食べられるのか?と思うような量だったけれど、
あっというまにみんなでたいらげてしまった。

 こんなふうにおもちがおいしく食べられる季節になったんだなあ。
冬も寒いけど、そういうふうに考えるとうれしい気がする。
 

ものぐさな食卓

蔵人

仕事の帰りにスーパーに寄って、晩御飯の献立を考えながらカートを押す。
すると、泥つき里芋の袋が「アタシを食べて」と微笑む。
いまカゴに入れている南瓜とどっちにしようかさんざん迷った挙句、南瓜を袖にして里芋を選んでしまった。冷蔵庫には牛蒡と蓮根が眠っているので丁度いいか。

里芋は嫌いな食材ではない。あの「ぬめぐちゅぅぅあー」とした食感は快感ですらある。しかし皮付きの里芋を自分で買った事はいままで殆んど無い。
皮むきが面倒くさそうだからだ。買ってから少し後悔する。
しかし、そういえば、「いまさら恥ずかしくて人に聞けない料理の基本」本があったのでそれを見る。
泥を洗って水から茹でて3~4分で引き上げ、キッチンペーパーで軽くこすると皮が取れるらしい。
やってみる。
おお、すごい。簡単だ。手も痒くならずに、これなら自分で里芋料理が一年365日作れるぞ。そんな訳は無い。

ところが、ここで喜びの余り「いまさら恥ずかしくて・・・」本を読むのを止めてしまった為に里芋のぬめりとりの作業をスキップして煮物を始めてしまった。
「ん?何だか煮汁がとろーっとしてるんだけど・・・」と気付いたときは時既に遅し。別に大しておかしくはならなかったんだけど。

煮物の味付は顆粒だしと酒とうどんスープの素と砂糖。滅茶苦茶ではない。そばつゆ・うどんスープの類はそれだけでまともな味が出せるのであとは好みで醤油や砂糖を足すだけでOK、料理苦手な人はトライしてみてください。

邂逅

ガジ

たくさんの音楽を搭載できるリンゴのロゴの
プレーヤーを入手した。
何とか、パソコン経由で音楽を取り込んで
使い始めている今日この頃。

ずい分聞いてなかった自分のCDコレクションを
この機会に少しずつダウンロードしている。
ふと、何から取り込んでいるのかと考えたら
大学時代によく聞いていたアルバムを
優先的に入れているのに気がついた。

そのころよく聞いていた、ある曲の歌詞で
「I have a friend I’ve never seen。」
というのを、
これからの人生でどんな友達に
巡り会えるのだろう?と
掴みようのない希望に想いを馳せ
その曲を聞いていたのを、ふと思い出した。

その頃から10年以上経ち、感染が発覚してけど
それをきっかけにしても、新たな友達に出会えた。
失うものばかりではないんだと、
ひょんなきっかけで再認識した。
今後もまだ見ぬ人が自分を待ってるのだろうか?
それとも自分が誰かを待っているのかもしれない。

イーグルス

つばさ

 突然、アリーナ数列目のチケットが手に入ったので、
イーグルスのコンサートに行ってきた。

 といっても、彼らが全盛の頃にはわたしはまだ小学生。
ピンクレディーのファンクラブに入りたいと願っていた頃である。
一緒に行った同世代のアメリカ人の友人たちは始まる前から興奮気味で、
リアルタイムで知らないわたしがついていけるかなと不安だったけど、
始まってしまったら、不思議なことにすごく楽しめた。

 周りを見回すと、わたしより一世代上の人たちが
手を叩きながら一緒に歌っていた。それぞれの青春が見えるようで、
なんだか、こういうのもいいなあと思った。

 最後のほうに歌った曲で、
「let somebody love you until it is too late」
という歌詞があり、そうだよなあなんて思いつつ、
なんだか胸がじーんと熱くなったりもした。

 こんなふうにやたら感慨にひたってしまうところが、もう歳?!
立ちっぱなしで疲れた体を明日に持ち越さないよう、
今からゆっくりお風呂に入って寝ようっと!

湿気た床

蔵人

毎年東京の秋雨のしつこさには辟易しているが、今年は台風の接近が多かったのか余計に雨ばかりでうんざり。
むかし有名な気象予報士が「天気には見えない『補償機能』みたいなものがあって雨が多い時期が続くとその後にそれを取り返すかのように晴れの日が続いたりするんですよね・・・」といっていたのを思い出す。
今年の空梅雨(気象庁はそうは発表していないけど)と10月の大雨はまさにその関係と思う。

今朝はまずまずの天気だがまだかなり湿気があるようで、床掃除をすると「お掃除ワイパー」の滑りが妙に重たい。塵が湿気を吸ってるよう。

ところで、都心部の小学校でインフルエンザが原因と見られる学級閉鎖が実施されたと聞いてちょっと驚いた。
インフルエンザウィルスは湿気に弱かったんでは・・・こんなに空気中ぴちょん君だらけの状態で一体どんなウィルスが猛威を振るってるというんだろう?
何か別の流行熱の類では?それとも集団仮病の学童スト?

まあ、真実はともかく、そろそろその手の話題が出てくる季節になったんだなぁ。
今度外来に行く時にワクチンを打ってもらおうかな。

悶絶 再び

ガジ

晩飯後、座布団に座って、嫁さんと並んで
テレビをぼぉ~と観てたら、
嫁さんが急に悲鳴を上げた!
ボクの座布団に結構大きな虫がとまってたのを
発見したからなのだが。

ボクはむしろ、その声にビビって
急に無理な体勢をとったために
ようやく治りかけてた捻挫した左足首を
再びグキリと・・・・
またまたあまりに痛さに声も出せず。
これは何かの陰謀か、単なる嫌がらせか。

病院通いはさらに続きそう・・・・

消えるお金?!

つばさ

 フルタイムで働き始めてから、
車通勤で家と会社の往復をするだけで、
途中によるコンビニもないし、
お昼はお弁当なので、平日は全くお金を使わない。
さぞかしお金が貯まるだろうと思ったけど、
3ヶ月経った今、そうでもないという事実に気づいた。
なぜだ?!

 まず、第一に娘の習い事の月謝。
使ったという意識がなくても、引き落とされる。
毎月数万単位。これは大きい。でもしょうがない。

 そして薬代。これもしょうがない。

 それとは別に、カードの支払いなどの明細を見直してみると、
けっこうネットで買い物をしていることが判明。
これじゃ、週末しか遊びに行かなくてもお金が減っていくはずだ。

 一番多いのはペーパーバック。
わたしは多読なので、なるべく本は図書館で借りようと
思っているのだけど、田舎の図書館には洋書はない。
だからしょうがない。

 次に多いのは、舞台のチケット。単価が高い!
でもわたしの一番の趣味だから、これも譲れない。
本当に観たいものに絞っているつもりだし…(だんだん小声)。

 便利な世の中っていうのはお金を使うにも便利なんだなあ。
しょうがない、しょうがないと言わないで、
ちょっとまじめに考え直さないと!と思った秋の夜長。