スタッフ日記

笑いの質

さとう

昨日は初めて生の落語を見に行きました。場所は神奈川県民ホール。たぶん寄席とは雰囲気が違うと思うのですが、それでも楽しいひとときでした。春風亭昇太さんと桂三枝さんの二人会。昨年「ディープピープル」という番組で、落語家3人の対談を聞いていて、面白そうだなと関心をもったのです。今回のテーマはどうやら「夫婦」。特別対談でも本編でもやはりセクシュアルマイノリティを含める考え方はないようで…。昇太さん僕と同い年だった。毒舌ですね。三枝さんはさすがでした、最初から最後まで笑いっぱなし。今度は寄席に足を運んでみようかな…なんて思いました。

実は「Living Together のど自慢」と日程がかぶってしまっていて、諦めていたのですが、終演して時計を見ると、まだ間に合う時間。とんぼ返りで、会場に。友人、そしてホットラインの仲間も出る予定でした。急いで戻って来て良かった。やっぱり僕にはしっくりくる空間です。友情や愛が散りばめられている話。そしてカラオケも皆さんステキ。それぞれのワールドが展開されます。

ふたつの会場では共に笑いがありました。でも笑いの取り方の質が違うのです。個人的には後者の方が好きかも…。

ネック!ネック!ネック!

矢島 嵩

一昨年から腰椎ヘルニア、昨年からは頚椎ヘルニアとつきあっています。やっぱり直立二足歩行に適応してないんだろうか?

2日に1度くらい近所の整形外科(ここにたどり着くのにもHIVがらみでちょっとしたすったもんだがあったんだけど、、、)に通っていて、首をひっぱったり、何とか線みたいのをあてたり、きわめつけはウォーターベッドで全身マッサージ。これらがどれほど回復につながっているのかはさておいて、とにかく気持ちが良いのです。何と言うか、ほんのつかの間、重力から開放されて遊泳気分。あ~極楽。

これに反して辛いのが、パソコンに長時間向かっていること。ぷれいすの事務所ではノートパソコンを使っていて、気がつくとかなりの長時間、顔の位置よりかなり低いところにある画面をのぞきこむようにして作業をしているのです(鶴がドジョウを食べるようなイメージ?)。どうやらこれが頚椎には良くないらしいのです。

実はぷれいすには、おーつきさんという頚椎ピアのちょっと先輩がいて、ノートパソコンを高い位置にして、首を折らずに画面を見れるようにするという秘技?を開発していました。ノートパソコンの下にA4版のものを何冊かいれて高さを調節するだけのことなのですが、これをすると疲れにくい。

ちょうどよい高さは人によって違うのですが、僕は背が高いのでかなりの底上げが必要です。こんなときに、ちょうどいいのが分厚い研究報告書たち。念のため言っておきますが、研究報告書がノートパソコンのかさ上げにしか値しないと言うつもりなんかまったくありません。ただ、その分厚さには時々辟易としたりもすることも事実。それがこんな時に役に立ってくれるなんて、赤鼻のトナカイみたいに素敵な話かなと(汗)。というわけで、先人たちの偉大な研究成果の礎(いしずえ)に支えられて日々の活動をしているというご報告でした。

先日そんなことを事務所で話していたら、「僕もです」と新人頚椎ピアが登場。多いんですね。みなさん困っているんです、作業効率やら集中力やら、とにかく仕事のネックになるってね。

今日の煎餅1「手舞足踏」

さとう

僕は煎餅好きです。夕方小腹が空くと、買い置きしてある煎餅を頂きます。すると部屋中にかじる音と香りが充満するので、またか…と笑う人がいます。

ところで今食べている「手・塩・屋」という煎餅の個別包装に、国語辞典が載っています。今日は「手舞足踏(しゅぶそくとう)」・・・喜びで気持ちが高ぶり、思わずそれが身振り手振りとなってあらわれること。

僕は感情がすぐ表面に出てしまう方で、良い反応はいいのだけれど、露骨に嫌な顔をしてはいけない場面で、涼しい顔をすることがあまり得意ではありません。今の仕事は比較的自由にさせて頂いているので、そう言う意味でのストレスはあまりないのですが、会社勤めや商売をしているとどうしても感情を殺さなければいけない場面があると思います。実利を取るか信念を曲げないかの判断は難しいことがありますね。

新年

さとう

 

新年を迎えました。今年もよろしくお願い致します。

マグロの初競りが5649万円だったとか。昨年は震災もあり、経済も不安定な中で、元気のあるところにはあるのだなぁと思いましたが、競り落とした社長さんは、「今年は日本人が競り落としたかった、日本、そして被災地の方々にも食べて頂きたい」と発言していました。そういう気持ちが大切なのだと思います。大きすぎる出来事で、気持ちが凹んでしまいそうですが、日本人ひとりひとりが少しでも思いを届けようと思い続ければ、きっと大きな力になると思っています。

何事も積み重ねが大切なのだと、改めて思う今日この頃。他人から見たら何でもないことの連続が、夢や希望や幸せを運んでくるのだと信じてやみません。大変な時だからこそ、思いを繋いでいきたいと思います。

ごあいさつ

ちずこ

みなさま

新しい年が無事にあけました。

この1年が希望に満ちた穏やかな年であることを願ってやみません。

ぷれいす東京は多くの方々のご支援をいただき、陽性者支援活動、普及啓発活動、研究研修活動を展開することができました。

今年も、これまでの実績とみなさまの忌憚のないご意見をありがたい肥料として活動に生かしてゆく所存です。

どうぞよろしくお願いします。

 

脱兎のごとく

矢島 嵩

2011年はいつもと違う年でした。大震災と原発事故という価値観がひっくりかえるような未曽有の出来事が、自分にとって社会にとってどういうことだったのか。その只中にいる今はまだ誰も分からないままにいて、きっと何年もたってからそのことの意味がはっきりしてくるということなのかもしれない。

とにかく、いつもと違う1年がすごい勢いで走り去っていきました。個人的にも落ち着きのない、軸の定まらない時間を過ごしてきたように感じています。そんな中でも多くの人に出会いこれからのことも少しずつ語り始めるようになりました。

願わくば、腰をすえて、未来を見て、次のステップに踏み出すような、そんな新年となりますように。

みなさん、どうぞよいお年を。

プレッシャー

さとう

皆さんはプレッシャーに強いタイプですか?こう見えて僕はプレッシャーに弱いタイプです。事務所の電話対応の役割に、長期休みの間の留守電を吹き込むことがあります。今年の冬は僕が担当でした。

カラオケのマイクは緊張しませんが、留守電の吹き込みというとそうはいきません。まして15秒で必要事項を話さなければならないというのはプレッシャーでした。途中でつっかえると最後まで行かない長さで、何度も繰り返し録音。どうしても最後の言葉が尻切れとんぼになってしまう。何とかぎりぎり入ったところで、マニュアルに目を通すと、録音時間を延ばせるではないですか。時間の縛りがないということは、すごく楽だなぁと感じ、無事に終了。あんなにプレッシャーかけなくても良かった。自分のテンポって大切ですね。

ということでぷれいす東京の事務所は明日から1月4日水曜日まで年末年始の休みに入ります。なお、HIV陽性者とパートナー、家族向けの相談ポジティブラインは1月4日から受け付けていますので、よろしくお願い致します。皆さま、一年間ありがとうございました。

イベントシーズンはまだもう少し

sakura

 

日本エイズ学会が終わって、早くも1週間が過ぎました。

僕も学会には3日間参加していたのですが、発表を聞くことはもちろん、一年に一度この学会で会う、という地方のNGOの方や陽性者の方もいらっしゃって、そういった意味でも充実した学会でした。

さて、学会とエイズデーが終わると何となく一年で最もHIV/AIDS関連イベントが集中する時期も終わった感じに通常なるのですが、今年は僕はあと少し残ってまして。

なかでも、12/18には、愛媛県松山市で開催される、「Living Together Cafe vol.4」にコメンテーターとして参加することになりました。

主催団体の「HaaTえひめ」のさとしぃさん(学会のポスター発表に自分の似顔絵を入れる人)から依頼がありまして、二つ返事で引き受けたのですが、松山でのイベント自体僕は初めてなので、コメンテーターではありますけれどもイベントを楽しんで、そしてGフレの活動のヒントも得られたらと思っています。

 

 

怒りと癒しのエイズ学会

矢島 嵩

今年のエイズ学会は、社会系の演題が多く出ていたにもかかわらず、薬害、薬物、滞日外国人、セックスワーカーといったとても重要な分野のいくつかがまったく欠落していて、僕にとって「学術集会」としては何か足りない?といった感じ。でも、個人的には「学会+その周辺」で、とにかくいろ〜んなことがあって、それはそれは濃密な3日間でした。

この学会でのキーワードは僕的には、「NGOと行政の協働」と「予防・検査・支援の連続性」の2つだったかなと思っています。どちらも「連携」が肝。

これって書くのも言うのも簡単だけど、実をともなって行うのはけっこういろいろ大変。だって、紙の上のことではなくて、一家言ある生身の人と人が向き合ってなし得ることだから。スムーズに理解しあえる場面ばかりでなく、むかついたり、失望したり、暴走したりと、いろんな人間臭いドラマがあるわけで。だからこそ面白いなんて余裕もないしね。

NGOと行政とか、予防や検査と支援に関わる人の間にも、自然にわかりあえるといった楽観だけではすまされない距離や溝があったりすることも事実。だからこそ、言葉をつくして、心を開いて、はじめてほんの一歩近づくことができるはず。でも、その困難さををいたいほど感じてしまい、途方に暮れる場面に多くいました。

その一方で、実は、人と人のつながりや、もっと大きな何かを実感して救われることを知ったのもこの会期中でした。2日目、12月1日世界エイズデーの夜、さまざまな偶然が重なって何気なくメモリアルイベントに参加することに。ハイパーなテンションのまま会場に入ったのだけれども、いつの間にかその「場」にある何とも言えない空気に浸って、自分や自分を支えてくれた人たちや、遠くへいってしまった人たちのことを考えたり、このどうしようもなくふつふつとする怒りや、果てしのない地平のような悲しみや、そんなこんなを感じながら、みんなで歌い、祈り、語り、泣きました。

We shall overcome
We shall overcome
We shall overcome some day

Oh, deep in my heart
I do believe
We shall overcome some day

立ち止まるのも後ろを振り返るのも大切だなーって、いつも前向きじゃ生きて行けないものね。頭だけじゃなく、心も体も、もみくちゃで、へろへろの学会体験でした。

We Shall Overcome

おーつき

25thJSA第25回日本エイズ学会学術集会・総会の初日に開催されたHIV陽性者参加支援スカラシップ委員会(はばたき福祉事業団、ぷれいす東京、日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス)による共催シンポジウム『HIV陽性者によるエイズ対策への参画』には84名もの方にご来場いただきました。どうもありがとうございました。

今年見直しが行われた「後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(エイズ予防指針)」ですが、指針そのものは実行力に課題があり、今後の日本のエイズ対策にこの指針をどう生かし、現状を変えていけるか?という問いかけがなされました。見直された指針では随所で「NGOとの連携」が明文化されたのを受け、行政とNGOとの恊働――そしてそこでは当然HIV陽性当事者の参画が求められていますが――においては、NGO側から動かないと何も変わらない、NGO側の提案力や恊働力が試されるのではないか、といった見方がパネリストらからは示されました。現在のNGO活動はとかくリソースが不足しているというのが共通認識ですが(東京周辺と他の地域との差についても言わずもがな)、そんなリソース不足を克服するためにも、うまく恊働し障害を乗り越えていかねばならないようです。

※「エイズ予防指針作業班報告書」はこちらからご覧いただけます。

Nailなお、今年はHIV陽性者参加支援スカラシップの資金調達においても困難があり、本シンポジウムの会場でもご寄付のお願いをさせていただきました。募金箱にお心付けをくださった方、振込でご寄付をくださった方、本当にどうもありがとうございました。当事者参画のひとつのあり方として、今後もまたひとりでも多くのHIV陽性者の学会参加をバックアップしていけるよう、本スカラシップの維持拡充に役立てさせていただきます。